個人山行 2024年北ア 裏銀座縦走 

本田 元人

 コロナ禍以降、山行計画の立案、特にシーズン中に複数の山小屋に宿泊する縦走計画の立案は困難になりつつある。
かつては予約不要であった山小屋が今では完全予約制になり、人気の山小屋や宿泊定員の少ない山小屋をピーク時に予約する場合は、予約開始日時に予約しないと瞬時に満員になってしまうことが多い。
予約開始日時直前にパソコンの前に座り人気アイドルのコンサートチケット争奪戦さながらマウスのボタンをカチカチするワタクシ・・・。
努力(?)のかいがあって山小屋予約の争奪戦に見事勝利!(???)? ヨッシャー! したのもつかの間、2024年3月26日に発生した大規模な落石の影響で七倉山荘から登山口である高瀬ダムへの道路がなんと通行止めとなってしまったのである……orz。
この道路は裏銀座へアクセスする唯一の道、このままでは銀座には行けない、いつになったら解除されるのだろうとハラハラドキドキしていたが、落石が発生した一部区間は徒歩になるものの7月12日になんとか道路は開通ヾ( ̄∇ ̄=ノ バンザーイ♪、無事に出発できることになったのであった。

8月11日(日)
長崎空港-伊丹空港―信州まつもと空港-松本駅-信濃大町駅-七倉山荘

 長崎空港-伊丹空港―信州まつもと空港と空路で松本へ。長崎から北アルプスに入るのはこのルートが一番楽ちん。
信濃大町到着後は七倉山荘に向かう前に北アルプスの山岳文化や歴史が学べる大町山岳博物館へ。
3階ラウンジより北アルプスの雄大な山並みを正面に、信濃大町の街並みを見下ろす。
動物の剥製が立ち並ぶコーナーでは山のありとあらゆる生物が一気に紹介されている。
またワタクシの目を引いた展示物は明治後期の登山案内人の再現人形。
山小屋はほとんどなく登山道も整備されていないこの時代、木綿の服に草鞋という、現代と比べるととんでもなく貧弱な服装で20~30kgの食料や露営装備を背負っていったそう。明治の登山案内人はスーパーマンなのだろうか。恐るべし。
博物館に隣接した付属園では北アルプスやそのまわりでみられる動植物の生体展示が行われている。

七倉山荘

七倉山荘焼肉
山行中雷鳥はときどき見たことがあるが生きたニホンカモシカを見るのは今回が初めて。
 信濃大町駅から山荘の送迎タクシーで七倉山荘へ。夕食は涼しげなベランダで焼肉とイワナのホイル焼
きを頂く。

8月12日(月)
七倉山荘-高瀬ダム-烏帽子小屋―烏帽子岳(往復)―烏帽子小屋-野口五郎小屋

 朝一番のタクシーで高瀬ダムへ。早朝七倉山荘前には自家用車で来たであろう多くの登山者がタクシー乗り場に列をなしていたが、それに並ばず最初のタクシーに乗せてもらえるのが山荘宿泊者の特権。2024年3月26日に発生した落石で高瀬ダムへの道路に影響があり途中1.4kmはタクシーを降りて徒歩で移動、落石地点を通過したあと再度タクシーに乗り高瀬ダムで降りる。
トンネル、吊り橋を渡ると一面に砂礫が広がる濁沢にでる。七倉山荘のFacebookによれば濁沢は大雨による増水や土石流があり、たびたび丸太でできた橋が流され沢を渡渉しなければならないときもあったそうだが、ワタクシの日頃の行いが良いのか
 \(--; ウソツケ 沢を渡渉して濡れてしまうことなく丸太橋を渡りブナ立尾根登山口へ。

七倉山荘高瀬ダムタクシー

濁沢

丸太橋

ブナ立尾根登山口
 日本三大急登の一つであるブナ立尾根は登山口から烏帽子岳までの標高差1272m、きれいなブナの樹林帯の中を登る。
2023年に登った燕岳への合戦尾根は北アルプス三大急登の一つなんだそう。急登を登り切った後ヘロヘロになったせいなのかワタクシは日本三大急登と北アルプス三大急登の違いが結局わからず。
いつかは急登の「違いがわかる男」になってみたいものである。(´д`)ゴールドブレンドカ! 
登山道には登山口よりおおよそ100mおきの標高で12(登山口)から0(烏帽子小屋)までの番号が書かれた

ブナ立尾根中間点

稜線より烏帽子岳

烏帽子岳
木札が設置されている。6までは確認できたが5以降は見落としたのか確認できず、「5はまだかあ~」などとブツブツ言いながら登っているといつしか砂礫におおわれた稜線にでた。
裏銀座の稜線上からは花崗岩の岩塔がそびえたつ、オベリスクのように美しい烏帽子岳山頂が見える。その奥には立山も望める。
 昨年の表銀座も暑かったが今年の裏銀座の稜線上もさらに暑い。あまりの暑さに烏帽子小屋でポカリスエットを買い求めて飲み、烏帽子岳へ向かう。

烏帽子岳直下の岩場

烏帽子岳山頂

烏帽子から赤牛岳・薬師岳

烏帽子岳から野口五郎岳

烏帽子岳から餓鬼岳・高瀬ダム
山頂直下は岩場、鎖を頼りに登り頂上へ。岩だらけの頂上からはこれから向かう野口五郎岳や水晶岳、さらには赤牛岳や薬師岳、餓鬼岳や眼下に高瀬ダムが望める。
 烏帽子岳から野口五郎小屋までの稜線からは水晶岳の双耳峰がはっきりと見える。
砂礫の中にところどころ咲いているコマクサを見ながら歩くとドラム缶に囲まれた、さながら砂漠の中の要塞のような野口五郎小屋に着く。

烏帽子~野口五郎小屋稜線

コマクサ

野口五郎小屋手前から水晶岳
野口五郎小屋
夕食は目玉焼き付きのカレー、コロナ禍前は天ぷらだったそう。
ご飯はおかわり自由だが肝心のカレールーはおかわり不可、山小屋ではいつも3杯おかわりするワタクシはそんなこともあろうかと福岡のモンベルで買っておいた常温パックの「日本のおそうざい 国産牛肉とごぼうのしぐれ煮」(創健社)をおかずに持参した。
が、パックを開けてみるとほとんどゴボウで牛肉はわずか。(><)

8月13日(火)
野口五郎小屋―水晶小屋―水晶岳(往復)-水晶小屋―鷲羽岳-三俣蓮華岳-双六岳―双六小屋
 
小屋よりすぐのところに野口五郎岳山頂、山頂からはこれから向かう槍ヶ岳やこれから歩く水晶岳への稜線が望める。砂礫の稜線をさらに進むと左には鷲羽岳がみえる。 

野口五郎岳から水晶岳への稜線

野口五郎岳山頂

野口五郎岳から槍ヶ岳

野口五郎岳からの稜線

真砂岳から鷲羽岳
水晶小屋より裏銀座の縦走路をそれて水晶岳へ。
山頂からはガスが出てきたが赤牛岳へ向かう読売新道や雲ノ平が望めた。鷲羽岳は山頂がガスに隠されてしまい見えず。

水晶岳
水晶岳山頂

水晶岳より読売新道

水晶岳より雲ノ平

水晶小屋で小休止し名物の「力汁」を頂く。ショウガをきかせたやや甘めの豚汁のような汁で中には餅が2つ入っている。
食べると体が温まり汗をかいた後の塩分補給にもなる逸品であるが、今回は餅が入っておらず代わりにおにぎり2個がついおり、小屋のメニュー表も「力汁」ではなく「おにぎりセット」と書き換えられていた。

水晶小屋おにぎりセット

水晶小屋
どうやら物資を運ぶヘリがしばらく飛ばなかったため餅が品切れとなったらしい。
野口五郎小屋の朝食がおにぎり2個しかなく腹が減って仕方がないワタクシは、この「おにぎりセット」をむさぼりつくように食べる。
2015年に折立から雲ノ平、高天原を経て水晶岳に登った後に食べたことがあり懐かしい味であるのだが、このときもむさぼりつくように食べたせいで餅をのどにつまらせそうになった記憶がある。
しかしおにぎりならのどを詰まらせる危険も少ない。
だいたい山で遭難するとニュースになるのはあたりまえなのだが、ワタクシの職業である○者(←ワタクシの場合さらにこの前に「ヤブ」というカタカナ2文字がつく)が遭難するとニュースでは「遭難したのは□□県の○師で△△さん、◇◇歳・・・」と、氏名の前に職業を付されて報道されることが多い。(なぜかは知らんけど)
「次のニュースです。長崎県の○師、本田さん、◇◇歳が水晶小屋で餅入りの力汁を食べた際に餅をのどに詰まらせて松本市内の病院にヘリで搬送、一命を取り留めましたが回復後に病院関係者に悪態をついている・・・」などと報道されては恥ずかしいほどこの上ない。
ちなみにワタクシには以前勤務していた東京都内の病院で鼻の手術を受けた際、全身麻酔が切れる前後の意識朦朧とした時に、担当の研修医や看護師さんに思いっきり悪態をつきまくったという伝説があるらしい(←本人は覚えていない)。
そんなワケで、ウン十年の時を経て再び水晶小屋を訪れた時にもこの「餅無しおにぎり付き力汁」が存在していてほしいと思う今日この頃であった。(←餅をのどにつまらせるようなジジイになってもまだ登る気マンマン ヾ(ーー )ォィ.)

 水晶小屋から鷲羽岳に向かう途中で雲がたくさん出てきて鷲羽岳山頂からの展望は無し、三俣蓮華岳を経て双六岳山頂に着いた頃にも山頂は雲の中、山頂を過ぎた頃からポツポツ雨が降り出す。
ずぶ濡れになる前になんとか滑り込みセーフで双六小屋に入ることができた。
双六小屋の夕食は天ぷら、これにハイボールをしこたま飲む。

鷲羽岳下りから三俣山荘・三俣蓮華岳
鷲羽岳山頂
三俣蓮華岳山頂
双六岳山頂
双六小屋夕食
 ポストコロナでインバウンドが増えているが山にもその波は押し寄せ双六小屋にも多くの外国人が訪れていた。これまで泊まった山小屋で一番多かったのではないだろうか。
同室になったイギリスからの2人組は水晶岳を目指すらしい。何でも「水晶=crystal」という山の名前が
「Beautiful!」だからなんだとか。その2人組から「北岳は南岳の南にあるのになぜ北岳と言うんだ?」と地図を見ながら尋ねられた。
(南アルプスの北岳と槍穂高連峰の南岳)「日本語はムズかしい!日本の西岳(表銀座の西岳)は東岳(南アルプスにある悪沢岳)の西にある。
でも、日本の北岳は南岳の北ではなく、南にある。Why Japanese people!?(なぜなんだ日本人!?)おかしいだろ!」と、アメリカ人お笑い芸人の厚切りジェイソンがエンタの神様で叫んでいそうなネタみたいな質問でもある。(※北岳は白根三山の一番北にあるから、南岳は槍ヶ岳から穂高岳に延びる尾根の南端にあることから、明治42年に登山家である鵜殿正雄により命名)
さすがにそこまで英語が得意ではないワタクシ、双六小屋にWiFiがあるのをいいことにスマホの翻訳アプリを使ってイギリス人2人組に伝えるのであった。
そしてイギリス人2人組が担ぎ上げてきたアイリッシュウイスキーをストレートで頂いた。
これを行動食に持ってきた虎屋の羊羹とあわせると、さまざまな香りが重なり合う奥行きの深いウイスキーが羊羹の持つ長い余韻と味わいを粒立ててくれる。(←わかったふりをして能書きを並べるワタクシ
 ヾ(ーー )ォィ.)イギリス人はワタクシが差し上げた虎屋の羊羹をいたく気に入り、ウイスキーの瓶は瞬く間にすっからかんとなった。
ボトルが空になっても彼らは「No problem! We are fish!」といいながら人差し指を左右に振って「チッチッチ」と舌打ちし、もう1本のウイスキーボトルをザックから取り出す。
日本語では酒の入った瓢箪を枕にして寝てしまうほどの酒好きを瓢箪枕(ひょうたんまくら)というが、英語では大酒飲みのことを魚が水を飲むように酒を飲むという意味で「drink like a fish」と表現する。
まさしく魚のようにウイスキーを飲みボトルを枕に寝てしまいそうなイギリス人2人組だったが、山小屋でありがちな酒を飲んで大声を出したりするような周囲に迷惑をかける行動はなく、終始「British gentleman」であった。
ワタクシも山での酒の飲み方を見習いたいと思う今日この頃である。(←酒の強さは「横綱」と「十両」、品格は「紳士」と「くそじじい」ほどの違いあり、見習うのは多分無理と思われる……orz)

8月14日(水)
双六小屋-樅沢岳―西鎌尾根―槍ヶ岳-槍沢ロッヂ

 やや小雨の中を出発。出発前に小屋の玄関にある木製の双六の置物?をもって小屋の方に写真を

双六岳と双六小屋

双六小屋から鷲羽岳
撮って頂く。小屋から少し進むと双六岳と鷲羽岳が見える。
小雨はすぐに止んだもののガスが多く
樅沢岳から見えるはずの槍の穂先は見えず。
笠ヶ岳や硫黄乗越で赤い山肌を見ながら西鎌尾根を進む。
左俣岳を巻いて過ぎると登山道の難易度が上がりハシゴやガレ場に四苦八苦しながら槍の肩にある槍ヶ岳山荘に着く。
展望があると疲れを感じずに登れるのだろうが先が見えないガスの中の登山はなかなかツライ。?(-△-;)

硫黄尾根

硫黄尾根から笠ケ岳

西鎌尾根から槍ケ岳

槍の肩に近づきつつあるところでようやく槍の穂先が姿を現す。
 ザックをデポして槍の穂先へ。
頂上直下の梯子を降りてきた方より「今は頂上に誰もいませんよ~」との声が。
十数回槍の穂先へ来たが貸し切りになったのは初めて。
ところで一体誰がワタクシの登頂記念写真を撮ってくれるんだろう?(三脚は持ってきたケドネ)
 槍の穂先から降りた後、槍ヶ岳山荘で「槍ヶ岳ブラックキーマカレー」を頂く。
ご飯がさながら槍の穂先の様に盛られておりこれは飲み物を追加で購入させようという、槍ヶ岳山荘の策略にちがいない。(←ウソです。)
 カレーを食した後、槍沢ロッヂへ下る。
槍沢ロッヂに前回泊まったのは10年以上も前、携帯電話がつながるようになったり(ドコモは受付付近のみですが)、登山関連の漫画が充実した漫画コーナーができたりと以前とは様変わりしていたところもあり。風呂では蛇口からでる飛び上がるほど冷たい沢水で頭をゴシゴシ洗う。これがまた気持ちいい。食事の後は登山をネタにした漫画を蚕棚のベッドのなかで読みふけり、そしてそのまま寝落ちするのであった。(o_ _)o zzz..

槍沢から見た槍の穂先

槍ケ岳ブラックキーマカレー
1口入れると甘さの後にじわじわと刺激的な辛さが押し寄せてくる。2口目からはさらなる辛さが口の中に広がる。
そして3口目以降はさすがに水を飲みたくなるほどの辛さでヒーヒーしはじめる。
辛くて美味いのだが一緒についてきた飲み物は水ではなく温かいお茶、しかもおかわり不可である。

8月15日(木)
槍沢ロッヂ―上高地-新島々駅―松本駅-信州まつもと空港―福岡空港-博多駅-武雄温泉駅―長崎駅
 
 槍沢ロッヂから横尾までの所々で沢が崩れたり登山道が崩壊して応急処置が施されたりしたところが多数あり、明神から上高地に至る梓川左岸も土石流のため通行止め。7月1日の豪雨による土石流の爪あとなのだろうか。
 いつもソフトクリームを頂く徳沢園ではかつてはなかった熱中症対策のミストシャワーが設置され、周囲に涼しげな霧を振りまいている。
徳沢園のスタッフの制服は一年中同じであったのがここ数年の夏が暑すぎるため最近は「夏用の制服」を新調したそう。確かに日本の年平均気温は過去100年あたりで 1.35℃(気象庁 日本の年平均気温)、上高地でも約1.5℃(上高地の花便り ? 鈴木健太の自然観察記録)も上昇している。
河童橋付近では小さな扇風機(ハンディファン)を手にした観光客が目につくようになった。 ここ数年豪雨などの異常気象が常態化

槍沢登山道1

槍沢登山道2

槍沢登山道3
し、夏でも涼しくて爽やかな北アルプスは遠い昔になったような気がする。
そして2023年夏の表銀座は台風の接近にヤキモキさせられたが、この裏銀座は登山道へ至るルートの通行止めでハラハラさせられた。二度あることは三度ある。
山行中のスリルでハラハラドキドキするのはいいのだが、異常気象のせいでハラハラドキドキさせられるのはもうカンベン( ̄▽ ̄;)。
2025年の夏、はたしてワタクシの山行は?、そして山はいったいどうなるのでしょう?