個人山行 剱岳・立山

井上 俊英

 今回の剱岳山行は当初、下松八重さんをリーダーとする例会として、7月下旬に馬場島から早月尾根を通り剱岳を経て剱沢小屋に至るコースを参加者6名で実施する予定だった。
しかし、天候が思わしくなく、日程を伸ばし伸ばしするうちに、参加予定者それぞれの都合にも支障が出て例会としての実施をとりやめることになった。
 しかしながら、初の剱岳登頂に燃える宮前さん、前田さんの熱い情熱は2回目の登頂に意欲を見せる木場さんと井上の心をつかみ日程をさらにずらしてでも、今夏に何としてでも実現しようと山小屋の予約等を期間を広げて手配したのであった。
そのような我々4人の前に、台風10号が立ちはだかり、ゆっくりとした動きで我々の行く手を阻んでいた。
情熱と根気に勝る4人は、粘り強く台風に対峙し、台風一過の晴天を信じて待ったのである。
その願いは、天に通じ、9月2日(月)~6日(金)の日程で個人山行として実施することとなった。
 さて、メインの剱岳のコースは4人の力量を考えて、オーソドックスな剣山荘側からのピストンとした。
剱御前小舎を出発し、背負う荷物をできるだけ軽くするために、下山後宿泊する予定の剱沢小屋にたくさんの荷物を預けた。かなりの身軽さになったのは幸いだった。
 本日の行程には13ほどの岩の鎖場がある。その前に前剱を越えた後に、高度感のある両サイドの切れた細い橋を渡らなければならない。
平衡感覚に優れた前田さん宮前さんは、こともなくわたった。
木場さんと井上は初めて渡ったときは恐怖があったが、2回目の今回はさほどでもなかった。
 問題のカニのたてばいが9番目の鎖場として現れた。
いくつかの杭が打たれ、鎖が下がる難しそうな岩場である。
一歩目の足をどこに置くのか、手でつかむ岩はどのへんか、鎖はどう持つか、手順足順はどうするかと、登る前のルートファインディングをする。
よし、このようにいけばよさそうだと見当をつけて登りはじめた。
後に続く、前田さん宮前さんは天性のバランス感覚があり難なく上ってくる。
途中休めそうな安定した場所で呼吸を整え、一歩一歩ゆっくり確実に足場をとらえて登ろうと声をかけるが、言われる前にできているという感じである。
最後尾の木場さんは、得意の動物的感覚で難なくすいすいと登ってくる。
ほう、みな素晴らしいなあと思った。しかし、油断してはならない、下山コースにカニのよこばいがある。
ともあれ、いくつもの難所を見事に越えて、くたくたになりながらも4人は剱岳の頂上に立ったのである。
頂上に到達した喜びと感動の満足は、思い思いに剱岳のプレートを持ち上げ写った写真の表情にあらわれていた。
下山につく前に、それぞれ持参したシュリンゲでチェストハーネスを作り、安全確保用のシュリンゲ、カラビナを準備した。権現岩の研修で幾度も練習してきたことを思い出した。
 下山に移りまもなくして、10番目の鎖場であるカニのよこばいが現れた。
一歩目をどこにどう下すのか、絶壁の恐怖とともに足元の見えない難しさがあると言われる。それに備えたチェストハーネスであり、これをつけていれば心理的に余裕が出てくるだろうと考えた。
井上が先にわたり、2番目の前田さんの様子をうかがった。
赤い矢印に沿って確実に足を下した。見事である。
3番目の宮前さんはどうか、細身の身体かるくソフトに足を下した。立派である。
しんがりの木場さんは余裕の表情で足を下しピースサインを見せた。
私は3人の見事さを写真と動画におさめた。
 カニのよこばいを下りたくらいから予期せぬ雨が降り出した。まだ鎖場はいくつも残っている。
雨に濡れた鎖や岩場は危険である。手や足を滑らせ命取りにもなりかねない。
カニのよこばいを過ぎたら外そうと思っていたチェストハーネスはつけたままとした。
自己安全確保のために、鎖のひと区画ひと区画でカラビナを移し替えながら岩の鎖場を乗り越えた。
チェストハーネスのおかげで心に余裕を持つことができた。
 長時間の行程となったが、4人とも助け合い力を尽くし、疲れた足に耐えながら前剱の延々と続く長い坂をひたすら下った。
ご褒美のごとく雷鳥の数羽の群れにでくわした。そのうちの2羽は白い色になっており冬への支度をすでにすませていた。
12時間にもわたる剱岳山行を終え宿舎の剱沢小屋にたどりついた。
疲れにうらうちされた感動と満足が4人の心の中を満たしていた。
 初日の山行、奥大日岳もよかった。3日目の別山からの眺めは最高であった。
最後の雄山では、山頂3003mの社で神主によるお祓いを受けた。
そのあと、しきたりとなっているらしい万歳三唱を、剱岳に轟かんばかりに発声したのであった。
コースタイム:
9/3 室堂登山口8:42~9:40雷鳥沢野営場~10:59室堂乗越~12:39奥大日岳12:43~16:17
剱御前小舎
9/4 剱御前小舎5:01~5:49剱沢小屋6:31~6:51剣山荘~8:44前剱9:29~11:23剱岳12:22~14:09前剱14:46~16:19剣山荘~16:49剱沢小屋
9/5 剱沢小屋6:08~7:22剱御前小舎~8:13別山~8:30別山北峰~9:50真砂岳~10:40富士ノ折立~11:18大汝山~12:00雄山12:33~13:29一ノ越山荘~14:15室堂登山口
参加者:
CL:井上、SL:宮前、前田、木場 計4名