個人山行 赤石岳・聖岳縦走

伊達

 昨年、薬師岳から水晶岳を越えて高瀬ダムに下った帰途に同行したBさん、「次はどこに行きたいですか?」と聞かれ直ぐさま「聖岳から光岳ですかね」と応えた。
今年4月になって「8月に例の聖岳・光岳に行きませんか?」と誘いがあった。私としては渡りに船で即「了解!」と返答。
 南アルプスの南部は交通の便利が悪く、どの登山口からどう登るか頭を悩ます地域だ。
マイカーが一番便利で確実だか、時間の少ない開業医には無理な相談。
静岡県側は比較的便利で東海フォレスト頼みだが長野県側よりはマシ。
調べてみると去年までは井川観光協会のバスがあったようだが、今年は見送り。
結局、タクシーや東海フォレストバスを利用するしかないのだ。様々な事前のやり取りの結果、赤石岳から聖岳縦走になった。光岳まで脚を延ばしたかったのだが日程的に難しく断念。
 8月10日(土) 11:50、新鳥栖発の九州新幹線車内で落ち合い博多駅から新神戸乗換えで静岡16:35に着いた。
そこからは個人タクシーで静岡市葵区赤石温泉白樺荘に19時過ぎに着いた。割引料金ではあってもタクシーで登山基地まで行くなどという芸当は開業医ならではの選択である。
途中通過した井川の街はかなりさびれた感じで観光協会も存続が危うい感じがした。これではバス運行は無理か?と思った。
早速夕食で前祝、出てきたビールが大瓶で気分良く飲む。何せ不便なところで明日は旅館から夏期バス停まで歩きなので入浴後、準備したら即就寝。
 8月11日(日) 6:40白樺荘出発。
アスファルト道をテクテク。日照りの中30分ほどで畑薙の東海フォレスト夏期臨時駐車場に着くが大汗をかいた。駐車場はほぼ満車状態。バス停は既に乗客の列。
ご承知のようにこの会社は明治の昔、大倉喜八郎が興した財閥で、間ノ岳から南側の大井川の流域をいまだに専有しているのだ。したがって林道に入るには会社の許可が要り、ツテがない限り会社の施設を利用しない者はバスに乗れない。
 8時過ぎ、2台目のバスで椹島までは1時間。運転が下手なのか、道が悪いのかバスは上下左右に激しく揺れ補助席の私は3回も尻が跳ね上がった。
揺れに翻弄されながら9時過ぎやっと椹島に着いた。
 9:30椹島出発。金属製の梯子を登って愈々赤石東尾根の急登に取り付く。
私も寄る年波には勝てず最近はストックを常用するようになった。使ってみると登りも下りも楽で脚の筋肉にも膝にも優しい。
九十九折れの登りをゆっくり登る。心配した台風は太平洋上で動きを緩めたままなので天気は上々。
ずっと〝しらびそ″の木陰の道なのでもっと涼しいかと期待したが暑い!以前この道を下った筈なのだが全く記憶にない。
Bさんの給水タイムは30分余りに1度でピッチが上がらないのだが、急がせても疲れさせるだけなのでここはじっと耐える。道中、先になり後になりする若者3人組の他愛なさがそんな思いを解消してくれる。
樺段迄2時間余り、木陰の尾根で昼食。
今回は軽量化のためα米と災害補助用味噌汁。朝からα米を仕込み、テルモスのお湯を味噌汁に注げば昼食は即食べられて便利だ。最近はどちらも旨い。
持参のテルモスは900mlなのでコーヒーまで飲める。
 更に尾根を進むと赤石岳稜線が見えてきた。喘ぎあえぎ登ってきたご褒美なのだろう。
15:00過ぎ予定をオーバーしたが赤石小屋に着いた。
連休中で小屋は満員状態。受付後は先ず寝床のスペースを確保。外のベンチで1日目の安着の乾杯。
夕食までの至福の時間、ウイスキーツインアルプスを嘗めなめ寛ぐ。満員の小屋ではあったが脚はゆっくり伸ばせ快眠できた。
 8月12日(月) 小屋の朝食は5時過ぎからでゆっくり食べ、6:40出発。
このところ尾根にある山小屋はどこも水不足でテルモス一杯200円取られた。雪渓が早く解けるので仕方がないのだ。天水だけでは不十分なのだ。これも温暖化の影響だろう。
 尾根道をたらたらと登ると富士見平。
天気は今日も上々で名前の通り富士山が間近に見え凄いパノラマだ。ここは登山者の展望と憩いの場で大勢の登山者がカメラを手に絶景の観賞と写真撮影に余念がない。
我々もしばし撮影と展望を満喫する。
しばらく道は小赤石岳の山腹をトラバース、この辺から高山植物が癒してくれる。
ここから愈々赤石岳の本格的登りになる。ガレ場と高山植物が交互に現れる急斜面を一歩一歩確実に登る。谷筋にはわずかに残った雪渓も見える。
谷から尾根に取り付き、喘ぎあえぎ登ると3044mの縦走路。伊那側と中央アルプスの景色が疲れた体を癒してくれる。赤石山頂も目前だ。
緩い斜面の尾根を登り切ると3121m赤石岳山頂だ。
期待した景色は夏山独特の湧く霧のため余り良くなかったがこれ以上を望むのは欲張りというものだ。
記念撮影後避難小屋に下って昼食。売店のビールで登頂を祝い、2人の小屋番と雑談する。
小屋は夏には小屋番が常駐していて、宿泊もでき、飲み物や軽食を販売している。
昨日は70人もの宿泊者で定員30人を遥かにオーバーして身動きが取れなかったそうだ。我々は赤石小屋で正解だった。
 今日は百間洞の小屋までなので時間はたっぷりでのんびりと稜線歩きを楽しむ。
行き交う登山者の平均年齢が他の山と違い低い。若者好きの私にとってはいい傾向だが、山が大きく体力が必要だからかもしれない?
百間平は名の通りだだっ広い馬の背状の台地で景色もまあまあ、ここで一服、景色を楽しむ。
 いよいよ小屋までの下り、ガレ場に時々足を取られながら下ると、百間洞の家の山小屋に14:30に着いた。ここも結構混み合っている。しかし、寝床はゆったりで今日も安眠できそうだ。
この小屋は谷間なので水も豊富だ。前の小川で汗ばんだ体を拭く。水はヒンヤリして気持ちよくさっぱりできた。
ビールで乾杯、しばらく山の涼風を楽しむ。夕食は名物のわらじのようなトンカツ、これは旨かった。
夕食後ウイスキーを嘗めながら展望所で風景を眺める。目の前の谷を隔てた向かいに聖岳のどっしりした姿が見える。
明日は今回のハイライト、兎岳から聖岳を経て聖小屋までの8時間の歩きが待っている。ウイスキーも程々で明日に備え早々に寝る。
 8月13日(火) 6:00少し前、霧雨の中、小屋を出発。大沢岳の山腹を中盛丸山に向かってダラダラと登る。
途中追い越した親子連れ、聞けば小学1年生。「そんなに小さい時から鍛えて冒険家にでもするの?」半分冗談で聞くと、「子供が行きたがるので連れてきています」と言う。見れば体も大きく受け答えもしっかりしている。頼もしいものだ。
中盛丸山は霧と小雨の中、写真を撮って先を急ぐ。しばらく森林限界近く迄下り、更に小兎岳に向かって登り返す。
風はさほどではないが霧雨は続く。子連れの雷鳥が突然姿を見せてくれた。子供は10cm程か2羽、親の後を追い愛くるしい。普段人が少ないせいか近づいても逃げない。写真を数枚とって先を急ぐ。
9:00兎岳2818mの山頂に着く。風が少し強いので避難小屋に行くが靴を脱がないと床に上がれないし、休憩の人でいっぱいなので外で休憩。
兔岳の下りは瘠せた尾根を下る。この辺から天気が急回復、雲が切れ薄日ものぞき始めた。
兔・聖のコルで休憩し、愈々聖岳の長い登りに取付く。
陽が射してきてBさんのピッチが落ち30分毎の給水タイムが戻ってきて、私が先頭になりペースを作る。
赤石沢を隔てて赤石岳山頂も見えてきた。一歩一歩確実の歩を進める。
11:40なだらかな平地で昼食。α米と味噌汁にコーヒーで〆て再スタート。風も涼やかで快適で汗は出るが心地好い。
12:30念願の聖岳山頂に到達。今年もまた一つ百名山が登れた。
Bさんの到着を待ち、記念撮影。南アルプスの南部の深い山の頂は登山者はいるが、北アルプスの喧騒とは別世界だ。喘ぎながら登ったものだけに与えられる快適空間だ。しばらく達成感に浸る。
 後は聖平に下るだけだが長いガレ場が足元を脅かす。ガレ場を過ぎると瘠せ尾根の上り下り。
小聖岳では展望も良くしばし兔岳を眺める。高山植物も種類が多くいちいち正確な名前は憶えていないが疲れを癒してくれる。途中、谷越しに聖平小屋も見えきた。
更に下り薊畑分岐、易老渡への下降点。この下降路は見るからに荒れていそうだ。
ここから上河内岳の分岐まで下ると立ち枯れの木々も散在する高層湿原。
出発地では15時までに着けるかなと思っていたが結局、聖平小屋には15:30到着。
ここも谷間で水は豊富で静かな小屋だ。テントもいっぱい張ってある。トイレの遠いのが難点、往復5分ほどかかる。
部屋の中はゆったりで乾燥室もあり、濡れたものを乾かす。寝床も安もののモンベルシュラフだがゆったり寝られそうだ。天気も朝の霧雨は午前中に上がり、まずまずであった。8時間余りよく歩いた。
 例によってビールで乾杯。とその時突然の雨。明日の天気予報は雨。台風がいよいよ方向を定めて北上中のようだ。
明日は3:40起き、4:00出発予定。登山者の山談議で騒々しい小屋ではあったが寝る。
 8月14日(水) 3:40目覚ましの音で起きて、出発準備。入口のスペースは電気がついていてありがたい。4:00予定通り出発。テント場を通過して下山路の発見に手間取る。
ヘッドランプが暗く足元が見えにくい。渡渉もあるので道が極めて判りにくいが、椹島発10:30のバスに間に合わせるため慎重に先を急ぐ。
道が川から離れやっとルートが判りやすくなりペースが上がった。雨は酷くはないが間断なく降っている。
森の中を歩いているので濡れも少ない。吊り橋を渡るころはすっかり夜も明け順調に下る。
造林小屋跡は格好の休憩所。最近の豪雨は聖沢も例外ではないようで登山道を押し流し、新しい登山道は人が踏んでないのでフワフワと歩きにくく、張ってあるロープの世話になる。
九十九折の急斜面を下って9時過ぎ、やっと東海フォレストの林道に出た。ここからは長い林道歩きだ。
おまけに雨が激しくなった。持参の傘が役に立った。
20分ほど林道を歩いたところに東海フォレストのバスが止まってくれ椹島まで乗せてくれた。ラッキー。大雨のなかで気の毒に思ってくれたようだ。
10:30のバスに乗り駐車場へ。登りの上下左右の揺れが嘘のような滑らかな運転。やはり腕なのか?
隣の登山者との会話も弾む。1時間で夏期駐車場。
ここで雨は豪雨。その中を白樺荘まで歩いていると今度は奇特なおじさんが「乗って行かねえか?」と乗せてくれた。何とも度重なるラッキー、ありがたや!
 土砂降りの中白樺荘に着いた。白樺荘では山から下りてきたザックは館内持ち込み禁止。
蛭や害虫の館内持ち込みが多く禁止になった由。ここが下界と山上界との結界なのだと一人合点。
来た時も思ったが泉質はよくヌルヌルで乾くとツルツルで女性には人気だろうと思える。
 13:30入浴後は予約のタクシーで井川駅へ。ここが大井川鐡道の始発なのだ。
Bさんのたっての希望で「乗り鉄」が実現した。
かわいい列車で子供に人気の機関車トーマスが走っているのだが時間制限で山の帰りでは乗るのは無理。それでもかつての材木運搬の軌道は狭く勾配も急なので
アプト式機関車が活躍している。
今は完全に観光列車化していて「乗り鉄」と「撮り鉄」で人気も上々のようだ。
車中、Bさんも写真撮影に余念がない。千頭まで1時間20分のトロッコ列車の旅だった。
ここからJRとなり金谷駅までのんびりとした大井川沿いの沿線が続く。金谷から掛川までは東海道本線。掛川から新幹線こだまで名古屋に出て、19:48 名古屋からはひかりで博多には20:40着。
新鳥栖に着いたのは23時。すでにタクシーは無く自宅まで歩く破目になり、23:30自宅着。ようやく長いながい一日が終わった。
 久しぶりの南アルプス南部、山の深さと縦走路の静けさが改めて気に入った。
南アルプスの頂は百名山の中では残すは「光岳」だけとなった。しかし、信州側の飯田から易老渡への道路がこの数年の大雨で通り難いようで、畑薙第一ダムから茶臼岳へ登り、光岳往復するのが老体には良いのかもしれない?全ルートでは三伏峠・中岳間を歩いていない。
この2点が達成できれば南アルプス山梨側から静岡側への全山踏破は完成するのだが。完成までは愈々老いとの戦いになってきた。
 今回、ストックワークも一つの課題だった。ピッケル感覚とも違うのだ。登りと下りにどう使うか?
 (1)どこを持ったら効率的か?
 (2)脚と手のバランスはどうか?の2点についていろいろ試してみた。
 登りの持つ位置はグリップだけではなかなか力が入らないことが多かった。特に急斜面。シャフト部分が効率的だった。
緩斜面になるほど上部が効率的。従って頻繁に持つ位置が変わった。私は持つ位置が頻繁に変わるためストラップに手を通さないで使っているが、当然落とす危険はある。
 下りでは当然シャフトは長くなった。グリップ頭頂部も急斜面の下りでは結構使い勝手が良かった。
 結論としては十人十色の使い方があるのだろうなあと思ったが、皆さんはどう使っているのか?ご意見を開陳していただければありがたい。早く使いこなせるようになりたいものだ。