個人山行 北ア 表銀座テント泊縦走

倉嶋 A

 今夏もロングトレイルの始まりである。久しぶりの北アルプス、槍穂の景色が見たいなと思っていたので、蝶ヶ岳とか常念岳辺りをテント泊で縦走しようと私が提案したら、千秋さんが実行に移すのは早かった。
ここ数年は東北の山域を巡ることが多かったので、お互いに夏の北アルプスを楽しみにしながら出発の日を迎えた。
7月31日(火)夜、宇部を出発、途中のSAで車中泊。
▼翌8月1日(水)はアカンダナ駐車場へ車を止めた後、上高地へ入り、小梨平で前泊することにした。
上高地は相変わらず多くの観光客で賑わっており、外国人も多かった。早々に夕食を済ませ、テントに入り、明日からのタフな行程に備えた。
8月2日(木)、天気は良好。
4時半に小梨平を出発。周囲はまだ暗く、誰も歩いてはいない。
熊が出ると聞いていたので、鈴をガンガン鳴らし、二人で“あずさ2号”を歌いながら明神館へ。
軽めの朝食をとり、徳本峠を目指す。
この日は霞沢岳も登ってしまおうと計画していたので、のんびりもしていられない。が、なんとザックの重たいことか!! 5日分の食料と行動食、加えて猛暑のため水を多めに担いでいたからである。
言葉少なめに歩き続け、8時に徳本峠の小屋に到着。小屋のお兄さんに、これから霞沢岳をピストンすると伝えると、「往復で8時間はかかるし、かなりきついコースだが大丈夫なのか?」と怪訝そうな面持ちで聞かれた。
「大丈夫です!テントだけ張ってから出発します。」と言い、8時20分に最低限の荷物を持って徳本峠の小屋を出発した。
上高地にはあれだけ大勢の人がいたのに、ここにはいない。登山道も閑散としている。なによりも荷物が軽いので、足取りも軽やかだった。
しかしである。それは最初だけで、かなりのアップダウンが繰り返し襲ってきて、体力がどんどん奪われていく。小屋のお兄さんが言ってたなぁ・・・。七転び八起きのコースですって。
ジャンクションピークを過ぎ、霞沢岳K1ピークに到着した時は二人ともグッタリしていた。
ただ、そこから見える穂高連峰の景色は見事であった。ここまで登ってきた者だけが見ることのできるアングルである。本当に素晴らしい!! もう大満足!と思っていた。だが忘れないでほしい、ここはK1ピークであって、本当の霞沢岳山頂ではない。真の山頂まではK2ピークを越えてもう一頑張りしなければならないのである。
「どうしよう、もう戻ってもいいかな?」と私は考えていた。それぐらいハードな道のりだった。ちょうどK1ピークで昼食をとっていた単独山行の男性が、「山頂までいけば、乗鞍もよく見えるし、頂上までは意外と近いですよ?」としれっと言う。このおじさん、後にも登場するので、要マークである。
千秋さんとお互いに鼓舞し合いながら真の山頂を目指すことに。
やっとたどり着いた霞沢岳山頂!千秋さんは念願の霞沢岳ということで、活き活きしていたが、私は写真を撮る元気もなく、来た道を戻らなければならない憂鬱と戦っていた。
穂高の絶景に別れを告げ、先行していた女性二人組を追い越し、無事に徳本峠まで16時半に戻ってきた。疲れた体にビールが染み渡り、マッシュポテトやパスタをさっと作り、あっという間に平らげた。爆睡であった。
コースタイム:
小梨平4:20~明神館4:57~5:00~徳本峠8:00~8:20~ジャンクションピーク9:08~K1ピーク11:33~霞沢岳12:18~徳本峠16:30
8月3日(金)、当初は徳本峠をいったん下り、長塀尾根を蝶ヶ岳まで登る予定だった。
しかし、地図をながめて再考した結果、大滝山経由で蝶ヶ岳を目指すことにした。幸い同じルートを行く登山者がいたので、少し心強い(K1ピークにいたおじさんも)。
6時に徳本峠を出発。大滝山まではほぼ樹林帯なので展望は望めないが、日差しが遮られるため、暑さが和らいだ。それにしてもザックが重い。足取りも重たくなる。
それなのに最強で最恐のスズメバチが私達の周りに飛んでくるではないか!!前を歩いている千秋さんへ「頼むから早く歩いてくれ!!」と大いに急がしてしまった。
今夏もスズメバチにペースを乱され、「今日は大滝山に泊まろう!昨日は少し無理をしたから、ゆっくり休息をとろう!」と二人の意見は一致した。
先を急ぐ必要がなくなったので、お花畑を楽しみながら大滝山荘に12時過ぎに到着。
こじんまりした小屋ではあるが、小屋のお兄さんはにこやかで親しみやすい感じ。トイレは外にあるのだが、なんと水洗!というか、ずっと水が流れているので、清潔で臭いもない。千秋さんの感動ポイントであった。
テント場は小屋から100mほど歩いた大滝山北峰の山頂で眺望は抜群。とりあえずはビールでも飲もうと小屋の外でくつろいでいると、先に到着していたK1ピークのおじさんがやって来た。徳本峠から抜きつ抜かれつで歩いてきたので、お互いにご挨拶。
話していると、そのおじさんは富山出身で、けっこういろんな山に登っているようだ。しかも、私の卒業した富山の中学校の大先輩であった!!会話も弾み、テント場でコーヒーも一緒に飲んで、楽しい山時間を過ごした。
この日の夕食はささみの柚子胡椒あえと中華風春雨。明日は蝶ヶ岳、そして常念岳をめざす。早めに就寝して明日に備えた。
コースタイム:
徳本峠6:00~明神見晴し7:35~大滝槍見台9:04~大滝山南峰12:27~大滝山荘12:35
 ▼8月4日(土)、晴天。
4時15分、大滝山を出発。ザックは相も変わらず重たいまま。
嬉しいのは、蝶ヶ岳までの道にはお花畑が点在しており、登山者もいないので静かに穏やかに楽しむことができた。
蝶ヶ岳の小屋が見えてくると、静けさは一変し、大勢の登山客であふれていた。さすが人気の表銀座コースである。
穂高連峰から槍ヶ岳を一挙に見渡す景色はやはり圧巻で、人気なのも納得である。
私達も写真を撮り、小休憩後、常念岳への稜線を歩き出した。
しばらくすると、千秋さんが「朝ごはん、食べさせてもらってない」とつぶやいた。
基本的に私は時間厳守なので、常念小屋への到着予定時刻から逆算し、休憩時間などを調整しながら歩くペースをコントロールしていた。
時間を無駄にしないように途中で食べるつもりだったのだが、すっかり忘れていた。
バテたら困るので、慌てて朝食をとった。それにしても、思っていたよりも常念が遠いのは気のせいだろうか・・・。歩くほどにザックの重さが肩にのしかかり、常念岳山頂への登りは特に
しんどくて、山頂に立ったときには日頃は冷静(?)な私もかなりテンションが上がった。
陽気なお兄さん集団に写真を撮ってもらい、常念小屋をめざす。が、山頂から見ると、常念小屋ははるか真下である。「え?!あんなに下るの?(泣)」常念小屋に到着すると、これまた登山客でごった返していた。
辛うじてテント場を確保し、ビールで乾杯!すると、私達の目の前に真新しいテントを広げる男性陣がいた。
一人はネットで購入した格安テントなのだが、説明書がすべて中国語で意味不明なので、勘で設営するとのこと。もう一人は、インディアンが使うような三角屋根で1本ポールのテント。この人もテント泊デビューらしいのだが、説明書を見てもさっぱり分からない謎のテントであった。
いろんなテントを見ることができて興味深い。さらに、私達が「テントするなら坊ガツルだよね?」と話していると、「坊ガツル」というワードに反応した別のおじさんが声をかけてきた。
「坊ガツルってことは九州から?おれは福岡の行橋から来たよ?」「私達、長崎です?!」「今度、坊ガツルで会うかもしらんね?」遠くまで出かけていると、同じ九州ということだけで妙な連帯感が生まれるのも興味深い。
この日の夕食はマッシュポテト、スープパスタと餅入りワンタンスープ。なかなか美味しい。
大満足でテントに入り、明日の行程を地図で見ながら話していたとき、私に魔がさした。
「どうせなら燕岳まで歩こうよ」当初は大天井岳から西岳へ行き、槍沢を下山する予定だった。表銀座コースを踏破したくなった私の提案に、千秋さんもOKしてくれた。私にとっては16年ぶりの燕岳である。ワクワクしながら就寝。
コースタイム:
大滝山北峰4:15~鍋冠山分岐4:45~三股分岐6:21~蝶ヶ岳頂上6:34~蝶槍8:07~P2592m9:25~常念岳頂上13:11~常念小屋14:24
8月5日(日 )、晴天。まずは大天井岳をめざして出発。
疲労が溜まってきたのか、さほど軽くならないザックを恨みつつ歩く。穂高や槍の景色も見飽きてきた頃、大天荘に到着。
よく冷えたみかんの缶詰を買って、食べた。疲れや暑さのせいで固形物を食べたくない私には救世主であった。
千秋さんはお腹が空いていたらしく、昨日の夕飯が少なかったと愚痴をこぼすので、桃の缶詰を買ってあげたらご機嫌であった。
ここからは燕岳へ向けて、もうひと頑張りである。小さなはしごや鎖場、岩場はあるが、危険な箇所はない。
ただ、以前のルートは現在は使われておらず、樹林帯へ下って迂回するルートに変更になっていた。
新しい地図にはきちんと記載されているが、千秋さんも以前のルートしか通ったことがないので、道を間違ったのでは?と少し不安になったようであった。
燕山荘が見えてくると、懐かしさを感じた。登山客であふれかえった燕山荘は、活気に溢れ、下界にいるのと変わらない雰囲気である。
テントを設営後、今回の山旅最後の夜ということで、生ビールで乾杯!
おでんや枝豆、チーズとサラミの盛り合わせなどを購入して、ゆっくり楽しんだ。ここでもいろんな人との会話が弾んだ。
川崎から来ていた男性二人組、名古屋の単独行の男性(この男性には中房温泉でお世話になる)、熊本出身の年配の女性、宮崎が故郷だと言う若い女性の二人組、山での出会いは別れもすぐに来るが、いつまでも心に残るのはなぜだろう。
よく歩いたね?とお互いに労いながら、テントで最後の夜を過ごした。
コースタイム:
常念岳キャンプ場4:50~大天荘8:45-9:00~大天井岳9:13~燕山荘13:40
▼翌朝、8月6日(日)、空身で燕岳山頂へ。
コマクサが咲き、イルカ岩がお出迎え。山頂からは、遠く立山、剱岳の端が見えていた。
気付けば見えてくる山の景色が違っていて、自分たちが歩いた道のりを改めて思い返した。
私と千秋さんは6日間の北アルプス表銀座テント泊縦走を振り返り、贅沢な話だが北アルプス槍穂はお腹いっぱいで暫くいいかなと、久しぶりに来夏は南アルプスを歩こうと決めた。
テントを回収し、少し軽くなったザックを背負い、合戦尾根を下る。
あっという間に合戦小屋に到着。千秋さんは恒例のスイカを食べた。美味しそうにかぶりつき、瞬く間に平らげた。スイカパワーなのか、中房温泉まではかなり良いペースで下山した。
下山して真っ先に気付いたのは、自分たちの汗臭さである。「これじゃ公共機関に乗れないよ!!」
6日ぶりのお風呂に入り、スッキリ!!バスと電車を乗り継ぎ、上高地へ戻ってきた。
車を回収後、ようやく帰路についた。今夏も本当によく歩き、いろんな人に出会った山旅でした。
コースタイム:
燕山荘キャンプ場5:00~5:30燕岳頂上6:00~7:00キャンプ場~7:40合戦小屋8:00~中房温泉9:20