個人山行 五月の遠見尾根から五竜岳

田尻 忍

今年の五月連休は、7年越し北方稜線から剣岳を目指す予定であったが、メンバーの都合で中止となった。
一人残された私はウーンと考えた。まもなく69歳となる年齢を考えると、先が残り少ないのは事実である。1年も1月も1日も無駄に出来ない。
 そこで自分も納得し、回りも理解しうる山を考えたとき、北アルプスではどこだろうか、そうだ五竜岳がある。
6 年前の5月に夫婦で五竜岳を目指した時、天候に恵まれず小遠見で引き返した思い出がある。今回の山行条件として、積雪があり、テント泊、1日で頂上往復が出来る事。
 まさしく五竜岳はピッタリである、後で又2人で行く時の露払い兼ねて。
▼5月4日(日)
 長崎を朝7時30分のJRで発ち、博多〜新大阪〜名古屋〜松本と乗り継ぎ神城に18時15分に着く。
汽車(長崎の人はJRを汽車と言う)で11時間とは随分短くなったものだ。
あえて昔はと言うまい、ただ交通の便に昔日の思い。
 今日の宿である、ペンションOWL(あうる)洒落ている、名前も外観も。但し料金に見合うだけの部屋と食事である。屋根の下でユックリ寝られるのだからこれ以上の贅沢は無い。夜の天気予報は明日5日は雨、6日から天気は回復との御神託である。
▼5月5日(月)
 宿から5〜6分で着く、白馬・五竜スキー場のゴンドラ乗り場で登山届けを提出。ここには係りの人が居て計画書を受取ったり書かせたりしている。スノボーのゴンドラ客に揉まれながらアルプス平まで運ばれ、ゴンドラの終点から歩き出すが、ガスに小雨交じりのなんとも気分の重い歩き出しである。
地蔵の頭に着くと、いよいよ遠見尾根に出、小遠見〜中遠見〜大遠見〜西遠見へと踏み出す。小遠見まで来ると雪も春山らしく現れアイゼンを着ける。20kg少し越えるザックはさほど重さも感じず、西遠見までの予定5時間は苦にならない。
ただガスと雨はどうにもならず、先人が付けたトレースを黙々と歩く。連休も終盤とあって、行きかう登山者はほぼ下山のパーティで新人訓練と見うけられた。
 中遠見山を過ぎると、ボツボツ無人のテントサイトが現れはじめる。大遠見と思ぼしき所を過ぎ、今宵のテント場、西遠見はこの辺りかと目を凝らすが、いかんせんガスと雨で特定できず、少し先まで足を伸ばそう。まだ12時台である。
少し下って登り返す、ウンこれは白岳の登りではないか、夏の登りでの地形を思い出し行き過ぎた事を確信し引き返す。
30分程引き返し、2〜3個のテント場跡が在るところを西遠見として、無人のテント場の中で程度の良い物を先人に感謝し使わせてもらう。
まだ小雨が降る中でテントを張りだすが、装備が濡れるもやむを得ず、フライシートを掛け荷物を放り込んで一安心。テントの中に入ってゴソゴソ整理をし、濡れた物を乾かす。5月に雨とは、予想せぬ事は無かったが、衣類、テントの乾かしにガスを炊き燃料が足りるか少し心配。
ブツブツ一人ごとを言いながら、今日の献立はアルファー米、サラダ、干魚そして3kg越えしたアルコールの中でビールを1本。
夜中になっても雨と風は止むことはなく、明日の天気回復はホントかいなと疑う。睡魔に勝てずいつしか眠りにつく。
▼5月6日(火)
 4時起床、雨は止んでいるがガスはまだ吹き飛んでいない。6時出発を目標に朝食と身支度をユックリする。
 6時に予定通りガスの中を日帰り荷物で出発する。昨日の引き返し地点で振り返ると、ガスの中ではあるがオボロゲながら白岳への登り斜面である事が分かる。
白岳への登りは夏ほど登らず、早い時点で五竜山荘を目指してトラバース気味に登りのトレースが付いている。
 早朝の雪面は程よく締まってアイゼンが良く利き高度と距離が稼げる。テントを出て1時間20分で五竜山荘に着く。一度ガスが晴れ、現れた景色に現在位置と遠見尾根が良く見えた。ただテントは見えない。
五竜山荘に着くと、西側の吹き溜りには1.5mから2m位まで雪が残り、小屋の寒暖計は−2℃を指している。稜線から山頂まではガスが晴れたり、閉ざしたりしていたが、頂上につく頃はガスも晴れ、剣岳を盟主とする立山連峰、唐松岳より白馬方面又は鹿島槍ヶ岳から爺ヶ岳方面も良く見渡せる。この頂上でこの時間に一人だけ冠雪の山々を見ることの幸せを誰につげようか。
至福の時を頂上に残し、ただ下るのみ。しかしヒヤリとする問題が発生。稜線より小屋に向かって下るとき、夏場は急なガレ場でジグザグに下る斜面だが、今は雪がべったり付き、かなりの急勾配である。
登りはキックで問題なく登り、下りも問題にせず斜面に身体を斜めに保ち下り始めたが、2〜3mでズルッとスベリ思わず滑落停止の姿勢で事なきを得た。
原因は昨日の天気で、テント場は雨であったが頂上付近では雪となっていたのだ。硬い雪に新雪が10 cm程積もり雪の境が出来ていた。新雪の上の足跡に不用意に足を置いたのが原因であろう。
気を取り直し五竜山荘まで戻り、行動食の紅茶でホッと一息つく。山荘からの天気は雲はあるものの、ほぼ快晴に近く眼下には遠見尾根が良く見え、昨日歩いたであろう尾根上のトレースが見え隠れしている。
下りは良い気分でルンルンと青空の下、テント場まで戻ってくる。
夜中にエライ事が待っているとは未だ気づかず。
テント場には昼過ぎに着き、天気は良し、時間はある。昨日雨に濡れた寝袋、シート、雨具、手袋等、装備を雪面の上に広げ思う存分乾かす。
早めの夕食はアルファー米、サラダ、味噌汁、干魚、ソーセージ。今日はユックリ飲めるぞと気分は飲兵衛だが、ビール1本半が限界、担いで来た焼酎まで手が回らず休憩。熟睡後目覚めてテントを出ると満天に星、しかし目がしみて痛い、ゴロゴロ痛い。
思い当たる事がある。頂上よりテント場までの3時間はほぼ快晴の天気、余りの幸運にサングラスを掛け忘れたのだ。
雪目になったのか、取敢えずタオルに雪を巻き込んで目を冷やす、少し楽になったのでそのまま就寝、綺麗な星空が勿体なかった。
▼5月7日(水)
 4時起床、目の痛みは少し和らいでいる。楽しみにしていた鹿島槍ヶ岳の穂先を染めるモルゲンロートは無かったが、カクネ里から北壁、北峰を染め上げるピンクの鹿島槍ヶ岳が美しい、ホントに美しい。
 テント場に感謝し5時40分に出発する。ここから小遠見山までは、振り返れば鹿島槍ヶ岳、北壁とカクネ里が角度を変え下山する私を見守ってくれる。
小遠見山で最後の北壁に別れを告げる。
スキー場の人込みが少し懐かしい。リフト乗場の登山届け受付のおじさんも店仕舞い、今年の連休春山も終わりらしい。
 松本に着き、薬局で目の症状を告げ、紫外線による雪目ということで、目薬を購入する。
復路は往路の逆コースで帰るが、気分は長崎に飛んでいるので、コースも略して、長崎には夜10時には着く。朝、西遠見を出てその日に長崎に着く、昔は考えられない行程で締めくくる。
コースタイム
5/4 長崎7:30=博多=名古屋=新大阪=松本=神城18:15 (10H45M)
5/5 アルプス平8:30〜地蔵の頭9:10〜二の背11:00〜中遠見山11:30〜西遠見キャンプ場13:10 (4H40M)
5/6 西遠見キャンプ場6:00〜五竜山荘7:30〜五竜岳9:40〜五竜山荘11:10〜西遠見キャンプ場12:40
         (6H40M)
5/7 西遠見キャンプ場5:40〜中遠見山6:40〜小遠見山7:20〜アルプス平8:40 (3H)
        神城10:13=松本=名古屋=新大阪=新鳥栖=長崎22:00   (11H47M)