第1778例会 比叡山

三田 T

 今回のメンバーは、伊達さん、東さん、大塚さん、川添君、三田の5名。
2パーティの編成となるので、あと一人、マルチピッチでのビレイヤーが必要である。ということで、9/30に雲仙牛首岩で東さんを落ち役にして大塚さんをビレイヤーとして鍛える。
訓練に参加できなかった川添君は、本番では登りに徹してもらうことにする。
 10/7 いつものように伊達さんを長崎道神辺バス停でピックアップし、熊本インターで降りたあと、8月末に開通したばかりの長陽大橋経由で現地を目指す。
長陽大橋周辺は崖が崩れたあともあり、熊本地震の傷跡が生々しい。しかし、大橋開通のおかげでスムースに高森へ抜けることができ、高千穂のJAのスーパーで買出し後、昼前には菅原公民館に着くことができた。
 昼過ぎにTAカンテに取りつく。ここ数年、岩場へ取りつくまでが最難関(笑)だったが、今回は一発で取り付けた。パーティは三田・大塚組、伊達・東・川添組に分ける。
 1ピッチ目、大岩を回り込んで登るところとトラバースの手前に登りあがるところがちょいと難しく、久しぶりとあって慎重に登る。
2ピッチ目のトラバースをやり過ごすと、3ピッチ目からは快適なカンテラインとなる。
伊達さんには大塚さんの後をすぐ登ってきてもらい、大塚さんのビレイの状況等を見守ってもらう。
約3時間で終了点に着き1日目の登攀を終える。
 菅原公民館は今年は我々の貸し切り、本日のメニューすき焼きをつつきながら、明日の作戦を練る。
当初は第1スラブを計画していたが、思案の結果、三田・東組は第1スラブ、川添君と大塚さんはTAカンテで繰り返し練習した方がよかろうということになる。
 10/8 TAカンテ組と分かれ、東さんと第1スラブに取りつき、つるべ方式で登る。
東さんは昨年第1スラブを登っておらず、今年のために雨の日以外は毎日1時間走り体重を4キロ落としたとのことで、頭が下がる。
2ピッチ目で福大山岳会のTさん達に追いつく。Tさんは伊達さんの会社の後輩で、しかも今年5月の劔岳早月尾根のビレイポイントで出会ったSさんと同じ会なので、山の世界の出会いは面白いなーと感じる。
4ピッチ目の亀の甲スラブはいつもながら面白い。ルート図では次の5ピッチ目は30m、6ピッチ目20mとなっているが、実際は合わせて約50mのワンピッチである。
で、福大山岳会に続き登った5ピッチ目はノーマルではなくスーパーだったようだ。
やぶ突破の6ピッチ目と最終7ピッチ目をこなし、待機時間を含め約4時間で登攀終了、東さんとがっちり握手する。
下山にかかると伊達さん達のパーティがTAカンテを登っているのが見え、大塚さん、川添君も頑張っている様子。
 本日の宿は「庵鹿川」である。しかし、中に入ると、すでに大人数でいっぱい。マットを敷いて場所を確保するものの、まだ後から増えるとのこと。
これじゃゆっくりできないということで、庵のメンバーである工藤さんの家へ泊めてもらうことにする。
いつもの奈須商店で工藤さんや三澤さん達と生ビールでまずは喉の渇きを癒したあと、工藤さん宅の庭で本日のメニュー皿うどんと焼酎で胃袋を満たし、岩談義に花を咲かせ、充実した比叡のクライミングを終える。

参加者:
CL:三田、SL:伊達、東、大塚、川添 計5名

初めての比叡山

川添

“動けない!あせる!緊急事態だ!指をかけるところが見つからない!足を動かせる場所はどこだ?もしかしたら、このわずかな突起なのか?これに自分の命を委ねるのか?どうしてこんな事やっているのか?
スタートしてわずか5分後には、自分の心全てを“恐怖心”が支配した。参加した事への後悔の念で、私の比叡山は始まった。
 最初の難関は、出っ張った岩の裏側だった。数分、もがいて窮地を脱出できた。2m上方に進んだ。
そこでは、さらにルートが見つからない。伊達さんはどこを進んだのか?信じられない。
うーん、多分、ここで墜ちる。後悔はさらに増した。
 TAカンテは5ピッチある。先ほどの感覚は、1ピッチの1/3訪れたものだ。
その後は、なんとか乗り切り、1ピッチ終え、テラスに着いた。肩でかなりの息をしている。2時間、マラソンしてもここまで息があがることは無い。
東さんが到着し、開口一番怒られた。「あせがってはダメだ。もっと落ち着いて登らなければいけない」その言葉に助けられた。
その後のピッチでも、幾つか難所はあったが、あせるな、落ち着けと心の動揺を鎮め、徐々に高度を上げていった。
 その後は最初感じたまでの大きな恐怖感は味わうことなく、心の余裕が少しは出てきた気がする。
途中、前が混雑して、岩の途中で、へばり付いて待つ場面があった。
全身をくっつけると、岩の温かみが心身全体に伝わってきて、岩に抱かれる感触を心から味わうことができた。
合わせて、直下に下界の景色を見下ろす感覚には恍惚感を覚え、心から幸せを感じた。東さんは、きれいな花を見つけ、感動していた。
 終了後、伊達さんも東さんも、「岩はいい。“ムシ”になれる」と言った。うーん、虫か?
私は、カベチョロの方が適切な表現と思ったが、確かに、虫みたいに動ければいいのにと思った。
ところが、話が進むにつれて、実は「虫」ではなく「無心」ということがわかった。確かに、登っている時は、そこに全神経と、全身体能力を専念せざるをえない。そこに雑念は存在しない。
二人はその無心の時間を、楽しめるレベルにあるのだろうが、私にはその余裕はない。無心になるのは同じだが、質が違ったようだ。
 1日目の夜、私と大塚さんの翌日の行動の検討会が開かれた。
三田案は、一スラに挑戦する案、伊達案は、同じTAカンテでじっくり勉強する案、決定は二人に委ねた。
後半の出来からすると欲も少しあったが、自信を全く持てない。結局、TAカンテに決定。ホッとした。
 翌日、15分で取り付くアプローチを1時間半要した。伊達さんの名誉のため、理由は語らない。
 前日と同じルートを再チャレンジする。二回目だから余裕を感じていたが、やはり、甘かった。
前日の難しい所が、意外に簡単にクリアーできた所もあれば、意識もしなかった所を手こずる場面もあった。奥が深い。
心の余裕も少しあり、困難さが増しそうなルートにも敢えてチャレンジしてみた。でも、結局、進めず、戻った場面もあった。充実した時間を過ごせた。
 終わってみると、快い全身の筋肉痛と、満足感が自分を満たしていた。やはり岩は人をひきつける魅力があると実感した。
さらに面白かったのは、夜、酒を酌み交わした人達が、魅力的な親父ばかりだったこと。
単なる呑兵衛に見えるが、話す内容はすごい。実際、昼間の姿はカッコよかった。
このように、昼夜問わず、すごく有意義な楽しい時間を過ごすことができた。
 本当に今回のメンバーにはお世話になった。
まずは、三田さん、半ば強引に誘ってくれたけど、大感謝です。
伊達さん、東さん、同じパーティで常に心配してアドバイス頂きました。ありがとうございます。
大塚さん、久々会って嬉しかったし、食事ありがとう。
 帰宅後、大塚さんから、「来年は一スラですね」とメールが来た。うーん、手放しで同調できない自分を感じた。もっと技術がいる。それに裏付けされた度胸も必要だ。
 三田さんが本を貸してくれた。“たかが岩登り、されど岩登り”これを読んで、闘志が湧くことを期待したい。
なんと、この本の著者“三澤氏”に、宿で会ったのだ。これも感激の一つだ。
 今回の参加を機に、しばらく縁遠くしていた山岳会の行事にも、出来る限り関わっていきたいと思う。よろしくお願いします。