第1762例会 北ア北方稜線

完結編 -----三田 T
2017年5月春山合宿「剱岳北方稜線」について-----窪田
北方稜線 2017年5月-----吉村
4回挑んだ北方稜線を終えて-----下松八重
古希が行く剱岳の北方稜線-----田尻 T

完結編

三田 T

 2006年5月の毛勝三山の例会の際に、猫又山頂から見た剱岳に続く北方稜線を歩きたいと計画してから11年。
 この間2006年夏、2007年春、2009年春、馬場島からブナグラ谷を経由してのルートを計画したが、いずれも天候不良等のため途中敗退。その後、ルートを変更、室堂から入山し、剱沢〜小窓雪渓経由で北方稜線を目指すも、2010年春は剱沢で敗退、2011年春は天候不良のため小窓雪渓は諦め平蔵谷から剱岳登頂は果たしたものの、目指す北方稜線からの登頂とは至らなかった。また、メンバーが揃わなかったり、熊本地震の影響で計画が中止となる年もあった。
 そして、2017年春、今回を北方稜線最後のトライと位置付け、フルメンバー5人で当初計画したブナグラ谷からのルートにより、天気にも恵まれ、遂に踏破することができた。
5/1(月) 雨
 天気予報は雨、出発を5/2にしようかとの声もあったが、2日からの晴天は約束されており、本日は危険個所もなく黙々とブナグラ谷を登るだけなので、予定通り入山することを決める。
幸い、馬場島までは概ね止んでいた雨だったが、丁度歩き出し始めのころからまた降り出してきた。
今年は雪が多く、登山道に入る分かれ道からすぐ雪がついている。
途中、水量が多い中、渡渉地点が1か所。以前は小さな橋があって渡ったような…。夏道は完全に雪に埋まっており、踏み跡を辿るも、途中はっきりしなくなるところもあり、ルートファインディングに結構時間がかかる。
ベッタリと雪がついたブナグラ谷を右に左に渡りながら高度を稼ぐ。
天気予報では昼過ぎには止むはずの雨も、なかなか止まず、おまけに寒くて最後の急登では気が滅入ってくる。
予定では赤谷山で幕営予定だったが、この天気での前進は諦め、ブナグラ乗越であわただしくテントを設営、テントの中に逃げ込む。
雨はなかなか止まず、ついにアラレとなってテントを打つ。とにかく寒いので、ガスコンロを焚いて暖を取り、アルコール、つまみに続き、夕食を摂って寝るが、パッキングが甘かったのかシュラフが濡れてしまっており、寒くてほとんど寝られなかった。
5/2(火) 晴
 前日、赤谷山まで行けなかったことから、今日の行動予定である小窓まで行けるかどうかは、大窓で判断しようということになる。出だしに、熊の足跡を発見する。
 8年振りに赤谷山から見た剱は、相変らずどっしりと威厳を持って聳えている。「剱みるならよ〜赤谷尾根でよ〜」という唄があるくらいなので、赤谷山からの眺めは素晴らしいものがある。
赤ハゲ、白ハゲは難無く通過した記憶があるが、今年は積雪が多いため、慎重を期してロープを頻繁に出して通過する。
大窓の下りも前回はロープなしだったが、今回は4回フィックスしながら下る。
大窓には15:30着、行動時間約10時間、前回コースタイムより約4時間多くかかっている。大窓の頭にもテントを張れそうだったが、さらに2時間以上かかるので本日の行動はここまでとする。
5/3(水) 晴
 今日の目標は三ノ窓。出発時間を考慮し2:30起床とする。
大窓の頭への登りはちょいとトラブルはあったものの、順調に高度を稼ぐ。大窓の頭の先の岩塔は前回もスノ―バーを使いトラバースして突破したが、今年は雪の着き方が違い、岩に張り付いた雪を登り上がるようにして突破する。
池平山南峰からの下りは、前回は木の枝を掴みながら下ったが、今年はほぼ雪に埋まっており、懸垂下降4回でようやく小窓へ降り立つ。時間は13時ちょい過ぎ。
微妙な時間だが、予定どおり三ノ窓を目指す。ここからは初めて踏むルートであり、ひたすら登るのみ。
小窓ノ王基部には16:20着。
基部からは50m懸垂一本で三ノ窓下部に着くはずだったが、着地点から先のトラバース約20mが悪い。午後で雪も腐っており微妙なバランスを余議なくされる。
三ノ窓には先着パーティが2組、さらに複数のパーティが池ノ谷を上がってきているので、まずはテン場を確保する。
全員テン場に揃ったのは18:50。整地してテントに入ったのは暗い時間となり、22時前になって就寝する。
 なお、先着パーティのうち私が言葉を交わした名古屋山岳会の男性は、5/6三ノ窓雪渓を登る途中で雪の崩落に巻き込まれお亡くなりになられた。予定では5/4三ノ窓雪渓を下り、八ツ峰を登ると話しておられた。謹んでご冥福をお祈りする。
5/4(木) 快晴
 今日は核心部の池ノ谷ガリーからいきなり始まる。
まだ早朝とあって、雪壁は急だが、ほどよく雪が締まっておりアイゼン、ピッケルともによく効くものの、如何せん楽に休憩できる傾斜がなく、約1時間、ふくらはぎがパンパンになりながら休みなく登り、ようやく乗越にたどりつきほっとする。
これが午後だったらズルズルの雪質で危険極まりない箇所だと思う。乗越から剱頂上へも楽をさせてくれず、雪壁を慎重に登る。
 そして、剱岳頂上には9:11着。先頭の窪田君が道を譲ってくれ、年齢順(田尻、吉村、下松八重、三田)に頂上を踏む。ありがとう。
頂上からは360度の眺望。遠く富士山まで見渡すことができた。あとは早月尾根を下る一方だが念のためハーネスは着けたままとする。
獅子頭付近ではロープ不要で、この先は楽勝かなと思っていたが、2500m付近で最後の懸垂下降を強いられる。
この懸垂ポイントで待機していた後続パーティのうち一人の方が、帰崎した後になって、長崎在住でしかも職場が超近いということがわかり、思いもかけず、後日親交を深めることとなる。
 早月小屋には14時前に着。計画ではここで幕営予定だったが、ここまで来たら下界で綺麗さっぱりとなって宴会をしようということになり、宿の確保を会長夫人に託し、馬場島まで頑張って下る。
8年前に比べ体力が落ちた分、テントやザイル、食糧が軽量化され、そして何より素晴らしいメンバーに恵まれ、長年の課題だった剱岳北方稜線を成功裏に終えることができたことに感謝したい。
コースタイム:
4/30(日)
窪田邸15:30発、三田邸16:05発、吉村邸16:30発 基山PAで下さんをピックアップ 18:50
5/1(月)
富山α−1で田尻さんをピックアップ  5:23ファミマ富山上赤江店で朝食5:40〜6:00馬場島着7:35馬場島発7:50  ブナグラ乗越13:24着  テント設営、就寝 19:00
5/2(火)
3:00起床、ブナグラ乗越5:25発  赤谷山7:55〜8:20赤ハゲ10:50白ハゲ12:00頃(白ハゲ下降にロープ2回使用)  大窓下降点13:14(ロープ4回使用) 大窓着15:30 テント設営、就寝19:40
5/3(水)
2:30起床、大窓4:58発 大窓の頭7:15(大窓の頭取付地点のルート選定ミスのため窪田・田尻トラバース時にロープ1回使用) (池ノ平山北峰手前の岩塔突破にロープ1回使用) 池ノ平山北峰8:23 池ノ平山南峰9:36 小窓の下り(懸垂4回) 小窓着13:16 小窓ノ王基部16:20(懸垂2回) 三ノ窓17:06(全員着いたのは18:50頃) テント設営、就寝 21:48
5/4(木)
4:03起床、三ノ窓6:15発 池ノ谷ガリー下部6:19 池ノ谷乗越7:12〜7:25剱岳山頂9:11〜9:40早月尾根分岐 9:49(途中2550m付近?で懸垂1回) 早月小屋13:42〜14:00馬場島着18:25 20:00ビジネス旅館日章着(〒930-0813 富山県富山市下赤江町1-13-32、\3500/泊)
参加者:
CL:三田T、SL:窪田、田尻S、吉村、下松八重 計5名

2017年5月春山合宿「剱岳北方稜線」について

窪田

 下山してから3日が経つというのに体のあちこちが痛く、また筋肉のむくみが完全に取れていない。
また、階段の上り下り等でふくらはぎが張って痛い状態が続いている。
今回の山行はいつにもまして激しかった。報告をまとめるにあたり、私としては印象に残ったことを記録として残しておきたい。
なお、今回、長年の懸案だった北方稜線を完遂し春山は目一杯楽しんだので、しばらくはお気楽山行を楽しみたいと思うこの頃である。
1.食事の量について
 いつも例会に出ると若い若いと言われるが、自分もすでに中年。年を取るにつれて若干燃費が低下してきたが、久々に燃費が向上した。
 行動食は予備日合わせて6日分を準備したが、5/1〜5/4の4日間で消費したのは次のとおりだった。
夜も朝もあまり食べなくて済み、自分でも「こんなもので足りるかな?」という量で済んだのは意外だった。
   ビスコ(ビスケット) 2枚小袋24個入り 16個
   キットカット(チョコレート)13枚入り 9枚
   ソーセージ(中) 6本中5本
   ドライフルーツ 約1袋
   塩分チャージタブレット(キャンディ) 30個中5個
2.難所というか、つらかった所
 難所ベスト3は、次の3カ所を挙げたい。
@ 早月尾根の馬場島までの一気の下り(三ノ窓〜馬場島)
最終日4日目は剱頂上に立ったのが早かったこともあり、皆で“がんばって下山”するぞと意気込み、三ノ窓から馬場島まで一気に下った。
松尾平から馬場島まで夕日を追いかけて下ったのできつくて、馬場島に着いたときはかなりへとへとだった。しかしおかげで富山市内での打上げの一杯はうまかった。

小窓ノ王基部から池ノ谷ガリーを見る
A 池ノ谷ガリーの登り
池ノ谷ガリーの登りは急傾斜が続き、乗越まで休憩もままならなかった。途中、雪面が凍ってアイゼンが蹴り込めず、ただ引っかけるだけの所もあり気力・体力を消耗した。

B 小窓から小窓尾根までの登り
長い懸垂を終えて小窓からの尾根までの登り返し。 照り返しが暑くてへたばった。
3.クライミングロープの軽量化
 今回の山行に合わせて山岳会費でロープ8mm(マムート)を2本新調させて頂いた。そのおかげで一本あたり500gの軽量化が図れた。
新しいロープはだんだん細くなり軽量化が進んでおり、共同装備重量を減らすことに大きく貢献した。感謝します。
 ロープを持って行くからには使用する場面がないと意味がない。今回は主に懸垂だったが、のべ11回使用した。
  大窓下降点:懸垂4回
  池ノ平山南峰:懸垂4回
  小窓ノ王基部:懸垂2回
  早月尾根:懸垂1回
4.ロールフィルム式サングラス
 サングラスは、いつも眼鏡にクリップで止めるタイプを持参するが、軽くてかさばらないロールフィルム式のサングラス(SPORTSEYZ)があったので購入して使ってみた。
3月の大山で試してまあまあだったので本番でも使用したが、二日目の使用後にケースに丸めて保管する際にあっけなく割れてしまい、大山も合わせて結局3回しか使えなかった。
フィット感はそれほど良くはなく、無駄な買い物だったと反省。製品のコンセプト自体が悪いわけではないが、コンパクトさを追求しすぎているためか、ケースに収める際にムリな力が掛かりすぎるのだろう。
二度と買わない。それにしても眼鏡につけてもカッコいいサングラスが欲しい。

下山しました(馬場島にて)


北方稜線 2017年5月

吉村

睡魔との戦いであった。 一日目、ブナクラ谷の登り、雨が降っている。下の方はそんなになかったが、登るにつれだんだんと眠たくなる。夜行で来たので仕方がないと思いつつ登る。
乗越に着いた時はホッとした。
二日目、ブナクラ乗越から大窓。 三日目、大窓から三ノ窓。 四日目、三ノ窓から劔岳(2998m)に登り馬場島。どの日も眠たかった。
雪壁を登るときになると、なおさら眠たくなる。緊張で眠気が吹き飛びそうだが、反対なのだ。一歩一歩睡魔と闘いながら登り下る。
小窓からの長い登り、眠たくなる。ここで負けて眠ったら落ちていく。必死にこらえて登る。負けてヒヤッとしたことが何回かあった。
快晴の劔岳。2007年大窓を下ってからやっと劔岳にたどり着く。うれしい。
馬場島18:25着。やっと終わった北方稜線。 みなさんありがとうございました。

4回挑んだ北方稜線を終えて

下松八重 清幸

有り難うございました。
平成29年5月4日9時11分
様々な方々のお陰様で北方稜線を経由し、田尻忍、吉村克伸、下松八重清幸、三田徹、窪田紀幸の順で剱岳山頂に立つことが出来ました。
この時期に、過去3回挑戦した北方稜線だったが、一回目は天候悪化が予想されたため大窓から白萩川沿いを下山した。
二回目は小窓への下りで小生が足を捻って負傷、やむなく小窓を下り真砂沢〜剱沢〜室堂へ下山した。
三回目は、二回目下山の逆ルートで三の窓を登って登頂する計画をしたが、初日の剱沢で雷雨を伴う悪天候で、やむなく剱山荘に逃げ、三日目に平蔵谷を詰めて剱岳登頂、この時は、剱山荘に結局3泊して下山した。
 四回目のこの度は、初日は雨だったけど二日目からは快晴が続き目標を達成することができた。これまでとは違って雪が多く馬場島から歩き始めて直ぐに雪道になった。
約1時間歩いた所でブナクラ谷、有るはずの橋が無い。やむなく渡渉、吉村さんがスリップするハプニング発生したが、幸いどこにも怪我は無かった。
その後は、谷を詰めひたすら登る。雪の量が多いためか、所々ルートファインディングが難しく、手間取る場面もあったがブナクラ乗越には1時半ごろ到着した。
 雨の中頑張ってきたと、自分達で自分達を誉め、少し早いけどここで初日の夜を過ごすことにした。
二日目、予定では三の窓まで進むことにしていたが、結果的には大窓までしか進むことが出来なかった。先行パーティーが有ってトレースは有るものの、やはり積雪量が多い。
ブナクラ乗越を5時半に出発したが、歩き始めて間もなく熊の足跡発見、大きさは20pくらいでかなり大きく、こんな足跡を見たのは初めてだった。
約2時間半で赤谷山、ここからの剱は素晴らしい眺めである。今から下山するという単独行の男性にお願いして集合写真を撮った。
今日の目標は小窓、先は長い。赤ハゲ、白ハゲの急登や大窓への急下降が待っているので、ずっと居たい気持ちを断ち切り先に進む。
赤ハゲの登りは両手を使わないと登れない。右手でしっかりピッケルを突き刺し、左手で雪の斜面を捕まえバランスを取りながら一歩ずつ登って行く。
自分は、15年くらい前に下関山岳会の篠田さんに頂いたアイスピックみたいな物(写真)を左手に持ってこれを雪面に突き刺しながら登った。アイスクライミングに近い登り方である。
この道具の名前は分からないので「篠田スペシャル」と呼ぶことにした。篠田スペシャルは、篠田さんの手作りで、篠田さんが若かりし頃大山のバリエーションルートや鹿島槍の天狗尾根登攀時に使っていた物である。
その後も急斜面のアップダウンを繰り返しながら、15時半ごろ大窓に到着。ロープを6回も使う必要があったため、予定より相当遅れてしまったので1日遅れの下山を覚悟する。
三日目、今日は是非三の窓まで行きたいので2時半起床。
大窓の頭まで標高差約350m、いきなり2時間強の登りっぱなしである。
その後も池ノ平までアップダウンが続き、写真のような急斜面のトラバースもある。高度感もかなりのもので神経を使う。
前々回、自分が怪我した小窓への下りでは懸垂下降を4回することになり、着いたのは13時半頃だった。これなら三の窓まで行けると判断し先に進む。
ここからの登りもすごい傾斜である。真っ直ぐは登れないので、写真のようにジグザグに登って行く。これまでもそうだったが、ここも窪田君トップできっちりとトレースしてくれるので、後ろは比較的安心して登れる。有りがたい!
 小窓を出発して、ロープは使わなかったものの結構きつい斜度の登り、下り、トラバースを繰り返し約3時間で小窓の王の基部に到着。
ここから池谷側に懸垂下降だ。三の窓はすぐそこに見えたのに、全員が到着したのは結局19時ちょっと前で、基部から2時間半かかってしまった。
 朝5時に大窓を出発して約14時間で青春の三の窓に着いた。
25歳の夏、チンネの岩峰に吉村さんと挑んだ3泊4日は自分の登山経験の中でも強烈な印象として残っている。
今62歳、あれから37年の歳月が経ったことになる。吉村さん有り難う。
四日目、下山が1日遅れることは既に覚悟済みだったので、4時起床、遅めの6時出発となった。
今日は早月小屋までだ。
自分たちの出発とちょうど同じ時に、雪洞に泊まっていた名古屋山岳会のパーティーも三の窓雪渓を下ろうとしていた。
「おはようございます」と声をかけたら「おはようございます」と返ってきたので「気を付けて」と返事すると「そちらも気を付けて下さい。」と返ってきて、お互い手を振りながら分かれた。
帰ってからニュースで彼らの遭難を知ることとなった。1名は帰らぬ人となりご冥福を祈るばかりである。
 
三の窓から長次郎のコルまでは急斜面の直登だ、手も足も使って登らないといけない緊張の1時間だった。ここでも篠田スペシャルが役立った。篠田さん有り難う。
長次郎のコルまで来ると、剱岳はもう近い、稜線歩きなので雪庇には注意が必要だが、天気は最高順調に進み、9時過ぎに剱岳に到着した。
何回も踏んだ山頂だがやっぱり良い、北方稜線を踏破したこの度は格別に良かった。

熊の足跡
田尻さん、吉村さん、三田さんそして窪田君有り難う。この度は終始トップを引き受けてくれた窪田君には特に感謝です。
今日は早月小屋までのつもりだったけど意外と早いので一気に下山することに決定。三日間の行動で体は疲れているが、下まで降りたらビールが待っている。それをエネルギーにどんどん下って、馬場島に6時半ごろ到着した。
今日の行動時間約12時間半、今回の山行の終わりだ。
この度も無事故で終わったことに感謝、山岳会の仲間や家族に感謝です。

古希が行く剱岳の北方稜線

田尻 S

 古希とは唐代の詩人杜甫の曲江詩にある「人生七十年古来稀なり」から来ているらしい。
唐代と違い現代では日本の男子平均寿命が八十歳で「人生七十年古来稀なり」とは言い難いが、雪の北方稜線縦走では掃いて捨てるほどは居ないだろう。
2006年に初めて剱岳の北方稜線を計画してから、剱岳の頂を踏んだのが2017年の今年になってしまった。
11年の歳月は体力と気力に影響を及ぼし、気力は衰える事はないのだが、如何せん体力の低下は実感せざるを得ず、或る友人によれば、体力の衰えは60歳台で年々、70歳台で月々、80歳台で週変わり、90歳台で日々らしい。大いに実感のところもある。
それはさて置き、いかなる山登りでも成功の鍵は天候だと思う。今回の北方稜線縦走は1日目を除き晴天に恵まれ、11年間の憂さを晴らす気持ち良さであった。
赤谷山から眺める剱岳は、幾重の尾根とピークの向こうに白と鋼の鎧を纏った古武士を思わせる。
赤谷山の山頂から踏み出す白萩山への縦走は、これからの緊張と不安とが交差するが、朝日に輝く広い雪面の美しさが一時これらを忘れさせてくれる。
いつもことながら、アイゼンを引っ掛けたら皆にサヨウナラーと言う間もない雪面トラバースとか、あの雪庇が崩れたら一貫の終わりだなーと身構える所とか、あの岩峰をどのように越えるのかと思う所がある。
赤ハゲ、白ハゲに至る縦走は雪庇の張り出しが物凄く、数トンはあろうかと思う雪庇が4〜5mも張り出し、恐怖を覚えるがこれがまた美しい。
縦走は雪面の登り下りが延々と続き一時も気が抜けない、特に大窓、小窓、三の窓への下降はその年の天候や積雪の状態で、ザイルを出しての懸垂下降ピッチ数は大きく異なるようだ。
印象に残る雪面は、小窓より小窓尾根に至る雪面(300m)と、三の窓より池の谷乗越の雪面(400m)の華麗な姿である、見るのは優しく登るは厳しい。
自分の気持ちの中で一番のハイライトは小窓の王よりの下降である。
10年間はここまで達し得ず、11年目にしての下降点に取り付き、懸垂2回、念のためトラバースにザイルを一張、いよいよ三の窓へ辿り着き感慨もひとしおである。
48年位前の夏に東さんと遊んだ当時のチンネを重ねようとしたが、余りにも私自身が歳を取りすぎてしまったのか残像と現実が重ならない、ただチンネは揺るぐ事なくそこに在る。
世の中は広い、古希で北方稜線縦走もなんのそのと言う人もいる、そんな御仁に笑われそうだが、ここで積雪期の山に一応の区切りを付けようと思案中である。