第1746例会 西彼半島・大野岳

大野岳 再び

馬場

12月11日(日)
 5年ぶりの外海歩き。現地集合に集まった参加者は前回とほぼ同じメンバー。と言うことはオールド会員と言うことで新人は平田さんの奥さまだけという、まこと同窓会に参加したような気分で歩き始めた。
前回どこを歩いたか覚えているはずもなく、内山リーダーの説明によると「ショートカットよ」との事で、なるほど♪少し楽なのねと心の中で拍手。
 先ず、最初の出津教会で信者の方による教会の説明を受ける。
教会が昔のままで残っているのはお金がなく、改築することが出来なかったそうで、信者の方々の熱く強い信仰心が込められた教会なんだと学習。
説明を受けた女子会員一同は、修学旅行でやって来た女子高生みたいな面持で教会を出てきたけれど、後はいつも通り。
 雲のない青い初冬の空に広がる笑い声。元気な証だ。
 前回寄ることが出来なかった、セバスチャン・・・・・否、バスチャン屋敷跡地へ。それは林の中の小さな沢のそばに小さく小さく建っていた。整備途中のようで、無造作にブルーシートが掛けられていて現実感が強すぎて感動なし。
 海の見える陽だまりの場所でお昼ご飯。
大野の大平作業所跡地もしかりで、石垣の壁、クルスの形の窓、とても雰囲気よく残っていたけれど、5年の歳月でますます崩れていて崩れた石垣を片付けていたため、あらなんか変った、って感じだった。数年後、ただのさら地になっていませんよう願うばかりです。
 それでも大野岳からの360度の景色は変わることなく、やっぱり、山はいいねと思うのでした。
 
(階段を使わずてっぺんに到着!)
 大野地区から集合場所へはバスを使用。
金木号で長崎に帰る車の中での悦子さんの一言、「暖かくてお日様に干した布団のような気分ね」まさにそんな気分になれた例会でした。
 内山さん、次回ある?
 === 一口メモ ===
*バスチャン屋敷跡(日本人伝道師バスチャンが隠れていたとされている場所)
バスチャンの伝説
 外海でキリシタンが生き残ることが出来た理由の一つに外海の信徒たちに勇気と希望を与えた日本人伝道師バスチャンの伝説があります。
バスチャンは、サン・ジワンという神父の弟子になって、福田村小江、手熊から外海まで伝道していたといいます。ジワン神父がいなくなってからも、バスチャンは長く人目を忍んで伝道を続けましたが、最後は牧野の山の中で捕まり、長崎で処刑されました。
 バスチャンはキリシタンが信仰を受け継いでいくために欠かせない4つの貴重なものを残したと伝えられています。
それは、バスチャンの日繰(こよみ)、バスチャンの十字架、バスチャンの椿の十字架、バスチャンの予言です。
 特にバスチャンの日繰は、1634年の教会暦(グレゴリ暦)を太陰暦に改編したもので、長い潜伏生活の中で信徒たちが信仰を続けていくために大きな役割を果たしました。
コースタイム
10:00出津文化村入口〜10:10出津教会堂(県有形文化財)〜10:40野道共同墓地 ド・ロ神父の墓〜11:40バスチャン屋敷跡〜11:55昼食12:40発〜13:05大野岳13:20発〜13:45大平作業所跡〜14:11大野教会堂
参加者:
CL:内山、SL:田尻H、田尻S、西、西川S、 川口T、川口A、中島H、栗崎、金木、平山、平田T、平田S、馬場、中村E  計15名