第1599例会 大山

奥大山登山合同登山

伊達 栄

 退職してから5ケ月が過ぎた。趣味も仕事の合間を縫って遣り繰りして作り出した休暇だからこそ気合が入るということが判った。
自転車に乗っての遠出、週2回のランニングは欠かさずやってはいるが単独での登山となるとつい億劫になって数多くは行けていない。
「山は気の合った中間と行ってこそ楽しいのだ。」と思っている昨今である。
 上記のような訳で三田さんに「2月の大山は?」と催促してみると、「奥大山に行く。」との返事。奥大山は初めてでもあるし早々に参加を頼んだ次第。長崎隊との合流も“九州道の基山SA”が鳥栖駅に近い“JRけやき台駅”とも近く我輩としても好都合である。
▼2月8日(金)朝から九州北部は吹雪。朝のうちは高速道の規制があって心配したが、幸い午後からは天気が回復して交通規制も解除された。
午後3時20分基山SAに待つこと10分で合流できた。交代で運転し、順調に高速を走れた。湯原の手前のチェーン規制で雪道走行となったが、深夜12時には米子に着いた。
 吹野家では順さんが待っていてくれていた。早速、明日に備えて寝袋に入ったがなかなか寝付けない。柄にも無く興奮していたのだろうか?1時20分頃には下関隊も到着した。
▼2月9日(土)案の定、朝は起こされた。今日は奥大山スキー場から烏ケ山手前の尾根までなので、朝はゆっくり朝食を食べてから7時40分吹野家を出発。
天気は曇りである。途中橋の上で車のスリップで肝を冷やしたが奇跡的に車も無傷、胸を撫で下ろす。
橋の上の凍結時の運転は本当に危険だと再認識した。奥大山スキー場の駐車場は連休の割には車が少なく難なく停められた。
 9時15分出発。大山環状道路を鍵掛峠に向かって進む。雪は例年より少ないそうで、積雪30〜40pほどに思えた。40分余りで登山口到着。
休憩の後ここで早くもカンジキ装着して、だらだらとした雪原を登る。我輩のカンジキは木製の立山カンジキなのでワッパが大きく、アルミのようにスリムでないため一歩いっぽが踏み後の横の雪面にあたり歩き難かった。
 斜面が急になり暫く行くとキリン峠との分岐。登山口から1時間余りである。
ここまでは踏み跡が付いていて楽チンだったがここからは踏み跡がなく膝くらいのラッセルである。
鳥越峠直下は急な斜面ではあったが、分岐から約1時間で峠に着いた。天気は回復、時々陽の射す絶好の天気で大山方面や烏ケ山も素晴しい眺めである。
風も無く小春日和で暖かい。振り返ると明日目指す槍ケ峰の姿も美しい。写真撮影をしながら1320mピークに向かう。
 12時45分ピーク到着。南西の烏ケ山、北には振袖山、振子山も眺められる。
大山本峰は槍ケ峰の後方で東側の縦走路がわずかに眺められるだけだが素晴しい景色を満喫できた。

 下りは雲と風が出てきて山頂部は時々しか姿を見せなくなった。
登山口到着14時45分。時間があるので鍵掛峠まで足を延ばす。
ガスが降りてきていて文殊谷の上部は見えなかった。奥大山スキー場に戻りついたのは16時。
まだテントを張るには早いので時間を潰し、駐車場の車が減るのを待ってテント設営。
食当大塚さん、石川さんの奮闘でおいしい食事に舌鼓打ちつつ乾杯。
一しきり腹が膨れたところで下関山岳会のテントにお邪魔して更に乾杯。ビール、酒、焼酎、ワインとのちゃんぽんで呑みすぎたがその分話に花が咲いた。テントに戻ってあっという間に爆睡。
▼2月10日(日)重い頭で4時起床。
朝食も腹いっぱい詰め込んで、テント撤収。予定通り6時5分出発。
昨日の踏み跡を辿り登山口6時40分、鳥越峠分岐9時50分通過。分岐をキリン峠に暫く進むと踏み跡が雪に埋まっておりカンジキ装着。
三田SLはぐいぐいラッセル。セカンドの我輩も遅れじとついて行く。トップ交代で我輩が先頭になり久しぶりの本格的ワカンラッセル。
急斜面を越えるとキリン峠9時50分。稜線は風が強くガスも出てきて視界が悪くなって来た。
寒くなってきたし腹も減ったので、20年前のヤッケの上下を取り出し着てみるとこれがなかなか暖かい。腹ごしらえも済ましアイゼンに履き替えた。
 「もうここでよか!」と言って引返す人たちと槍ケ峰を目指す隊とに分かれた。
我輩は腹ごしらえのため少し遅れた。追いついたところが1500m地点、まだ10時30分であった。
強風とガスのため撤退との事。(標高は1500m地点だと思ったが吹野さんのGPSでは1498mの表示であったそうな。)やっとヤッケに身を包んで気合を入れ直した矢先の決定に拍子抜け。残念至極!
 最後尾に居た我輩が先頭で引返す。
来る前に鋭く研いできたアイゼンをヤッケに引っ掛けないよう注意しながら下山。峠から下は風も無く暖かい。矢張り冬季の日本の山は南西側から登ると楽だと改めて実感した。
大山の夏道は今日は上部は大変だろうと思いやる。分岐の上部でヤッケも脱ぎ身軽になって下山。登山口付近ではスノーシューを楽しむ数人と出会った。
奥大山スキー場到着は12時であった。こ腹も空き軽めの食事をしながら先に下って三の沢を目指した隊を待った。13時には合流し、岸本温泉で汗をゆっくり流して吹野邸に戻る。
その夜の安着祝いの宴は吹野夫妻に長崎隊4人、下関隊5人に北壁の会の3人も加わり、賑やかさを極めた。
順さん節も炸裂し我輩はただ相槌を打つだけの聞き役に回った。順さんだけでなく、よく語るものだと感心した。連日の酒に心地よく酔い11時過ぎには寝袋に入ったが、12時過ぎまで賑わっていたようだった。
▼2月11日(月)建国記念日は朝から気温が上がりチェーン装着の不安からも開放された。
北壁の会と寝間を交代し、吹野家の野菜たっぷりの朝食を頂いた。
8時過ぎお世話になった吹野邸を後にし、米子道に乗った。雪の心配が無いので中国道から広島へ抜け、山陽道を走り九州道に入り基山SAには16時に着いた。
▼吹野CLには奥大山のコースを紹介していただいた上に、3日半に亘り入れ替わり立ち替わり岳人が押し寄せ大変だっただろうと感謝と共にお礼を申し上げます。
三田SLの体力には改めて恐れ入りました。同時に車の提供と燃費の計算他お世話になりました。
会計の石川さん我輩の飛び入りで、ややこしい会費計算を混乱させて済みませんでした。
食当の大塚さん献立に食材の手配ありがとうございました。我輩はただ参加するだけで楽チンでした。
 下関山岳会の面々も楽しい人達で久しぶり会えた人もいて、交流を楽しませていただきました。
北壁の会の方々とは短い交流であったがその力量も窺い知れた。今後もこのような交流は大歓迎です。皆さんありがとうございました。
 尚、山行の写真は9日のみとなってしまいました。

参加者
CL吹野、SL三田T、石川S、大塚、伊達 計5名