第1517例会 剱北方稜線

吉村 克伸

2010年4月30日 剣沢

4月に入ってからも寒い日が続いたりして、去年より雪が多いはずだと思い出発する。
 7時のケーブルカーに乗り、高原バスで室堂に着く。山小屋ではガスボンベが売っていないか聞く。雷鳥平キャンプ場はまだテントが少ない。剣御前小屋への登りになる。途中よりアイゼンを着け登る。ぺナントをたよりに剣御前小屋へ着く。剣沢へ入ったとたんに雪の多さにびっくり。足がズボッと入る。男女二人のパーティはワッパを付けコンパスで方向を確認しながら下っていく。冬山である。この雪なら今回のコースは無理だとすぐに思った。剣沢のテント4張。トイレにいくのに雪まみれ。また、床が凍っていて滑り、股が開いてきてヒモを握っていても安心してできない。
 剣沢より剣岳往復、大日岳・立山縦走と行っているので明日戻ることにする。 一日中バタバタとテントを打つ音。早く4時になれと寝袋の中で思った。
また来年。

窪田 紀幸

剱岳北方稜線も既に2005年春からスタートして5年越し、昨年の小窓からの続きを狙って剱登頂で仕上げの年となるはずだった…、が。結論から言うと、今年は剱の基部にも届かず、残念ながら北アルプスの一等地でボッカトレである。
 思えば計画時点から不運に見舞われていたのかも。というのも三田さんは青天の霹靂なる職場の都合もあり参加できる/できないで最後までヤキモキ(結局は参加)、下さんは直前に昨年に引き続きアクシデントに見舞われ断腸の思いでリタイヤになってしまいメンバーが揃わなかったのである。
▼4月29日6:00 週間予報を確かめ、連休中はまずまず(曇りから晴れ)の天気で、アタック予定の5月1・2日の天候は間違いなく晴れる見込みとのことで安心して長崎を出発する。GW直前の飛び石連休のため大阪の渋滞もなく順調に18:30立山駅に到着。駐車場にテントを張り直前にゲットしたホタルイカの沖漬をつまみに前夜祭を行う。

▼4月30日 黒部アルペンルートのチケット売り場の混雑を予想し3時起床。テント撤収をしながら交代交代で早々にチケット売り場に並ぶが思った以上に客は少ない。

立山7時発のケーブルカー第1便に乗り込み、室堂へ。観光スポットの雪の大谷の積雪15m、室堂の天候は曇り、気温マイナス9℃、視界は3qとのこと。(春山なのにえらく寒いな)弥陀ヶ原をバスに揺られている頃は曇ってはいるがそこそこ山も見えて観光気分。山々は雪に覆われ昨年以上の積雪を実感。高度を増し雪の大谷では落書きもない雪の壁を車窓から眺める。(昨年は13mだったかな)道路は積雪が多いため一部アイスバーン状態になっている。室堂に到着すると景色が一転し、さっきまでの曇り状態が嘘のように横殴りの風で雪煙が舞ってあまり見通しが利かない。登山届を出し、身支度をして歩き始める(8:45)がグレーの空と辺り一面の積雪で冬山のようである。

いつもならスニーカーやジーパンの観光客も多いはずがGW直前で時間が早いこともあってか登山者も含め歩いている人がまばら。(何だコリャ?いつもと違うぞ)雷鳥沢を登り始めると天気はますます悪くなっていき、視界が狭まり、風雪が激しくなる。全面真っ白で写真を撮る所もなく、剱御前小屋到着(時間記録なし13:00頃?)。この頃になると視界が数十メートルとホワイトアウト寸前、雷鳥沢を登って来ていた登山者も剱御前小屋を境にいなくなり、先行の男女二人のパーティと、心もとない足跡を頼りに剱沢小屋を目指す。途中で男女二人を追い抜きザクザク歩いていると足跡もブリザードにかき消されて頼りなくなって行き、ついに途絶してしまう。ありゃりゃと思って辺りをきょろきょろ見回していると、先程の二人連れがワカンをつけて追い越して行ったので我々もあとに続く。下るにつれて積雪が深くなり、予定の真砂沢まで下るのを断念し、剱沢小屋でテントを張り様子を見ることにする。14:00頃テン場に到着。小屋の中は何人いるのか知らないが先行のテントは3張りでがらーんとして賑やかさはない。

 ブロックを積んでテントを張りさっさと中に入り込む。することもないので晩飯とビールで乾杯。途中、富山県警山岳パトロールのカッコいいにーちゃん二人がテントの見回りにやってくる。(県警K)「どこまで行かれますか?」(我々N)「小窓から剱の予定だったのですがちょっと厳しそうなので断念しようかと思っています」(K)「そうですね、大変そうですね。雪崩に注意して下さいね」(N)「わかりましたあ」 行かんほうがよいとはっきり言ってくれた方が心の整理もつくのに、なんだか歯切れの悪いやり取りであった。この時既に我々は“行ったら自殺行為”とうのが状況からして判ってしまっていたので、予定変更で明日は下山することに決定していた。何もすることもないので酒盛りをして寝るが、夜の帳が下りるとブリザードが吹きまくり始め、テントの外張が全く役に立たず、テント全体が斜めにかしいでバタつき、眠れない夜を過ごす。
▼5月1日 4:00起床。夜通しのブリザードで、どこでも快眠の私すらよく眠れておらず頭がぼんやりする。ヘッドランプをつけるとテントの中に霜がびっしりついており、とても5月の春山とは思えない光景が朝から展開。朝食をとり明るくなり始めてからテントの撤収を行う。外張は飛んでおらず無事。

 6:00テント撤収を完了して剱御前小屋へ登り返す。昨日は気付かなかったが、旗がずうっと上まで続いている。昨日の下りは足跡に騙されてどうやらルートを外れていたらしい。7:50剱御前小屋到着。結局、今日も朝から吹雪で視界が悪く剱が全く見えないままだった。
雷鳥沢に下りはじめると徐々に視界が良くなり始め、先程までの悪天候が嘘のように急速に天候が回復し、あっという間に青空が出てくるようになる。雄山・大日岳…立山一帯が真っ白な雪に覆われキラキラ輝いている。室堂からぞくぞく人が上がって来ている。(ちょっと羨ましい)
 「もう一泊しようか」との言葉もなく、我々はただモクモクと厳しい立山でのボッカトレを終了し、早々に立山を後にした。
▼下山後、5月1日は前年お世話になった大岩荘に宿泊。私は早々に寝入って知らなかったが同日に早月尾根と立山御山谷でそれぞれ一人づつ亡くなる事故が発生したとのニュースが夕方に出たと聞いた。こんな時期にと思うが新雪雪崩にはくれぐれもご用心を。
 山は逃げないが体力は逃げると参加メンバーから声が出ている昨今である。またチャレンジして剱北方稜線を完遂したい。
参加者:会員4名


劔岳北方稜線反省の記

三田 徹

昨年は馬場島から赤谷経由で小窓まで足跡を残したので、今回は室堂から真砂沢、小窓経由で北方稜線を攻める計画となったが、いかんせん、天気には勝てず、またもや来年に持ち越しとなった。
 今、振り返ってみると、気象条件に阻まれたのは確かだが、職場が替わり完璧に参加を諦めていたのが、急に参加できる状況となり、そのため、自分自身としては心身共に準備不足だったのではないかと思う。一つは、緊張感がなかったのか、不覚にも出発一週間前に風邪を引いてしまったこと。熱は引いたものの、体力を消耗する咳がとまらないままの登山になってしまった。もう一つは、ボッカトレ。忙しいのでなかなか皆の揃う機会がなく、それぞれ個人トレーニングは行っている。ただ、自分も3月に個人でボッカトレをしたが、何となく物足りないのだ。来年の話をすると鬼が笑うが、年が明けたら早めに全員揃うときを見つけて、フルメンバーでボッカ訓練して気力体力を充実させていく儀式が出来たらと思う。
 春山の時期は、毎年毎年、山行の準備と自分の人事異動の時期が重なり、いつもやきもきしている。来年は、異動の有無にかかわらず必ず行くという前提で準備に当たり、緊張感を持って北方稜線に対峙したい。(ドタキャンの場合はスミマセン。)