第1502例会 エベレスト街道を行く

田尻 忍

創立70周年記念事業として、エベレストを身近に見るべくゴーキョピークとカラパタールに登り、世界最高峰の風景を堪能した。
 詳しくは70周年会報に記載するが、出国より帰国までを月報に掲載し速報とする。

Everest.pdf へのリンク


▼10月11日(日)
長崎(バス)〜福岡(飛行機)〜バンコク(泊)
 昭和町のバス停に北部組8人は少し早めの6時30分頃集合し、6時45分のバスに乗車し、駅前からの平山さんと合流する。
 福岡空港では3時間の余裕があったが、9人の大人数での手続きと段取りには、このくらいの余裕が必要かもしれない。
 福岡空港を11時40分出発、バンコクまで約5時間のフライト、現地時間14時45分着。
 空港からホテル手配の2台の車に分乗しホテル着、約10分と近場、1泊朝食付き2600円也。夕食はこれまた近場の、地元ショッピングセンター内にあるタイ料理屋さんに入り、美味しくて辛いタイ料理の洗礼を受ける、ビールを飲んで、料理を食べて一人560円也。
▼10月12日(月)
バンコク(飛行機)〜カトマンズ(泊)
7時、簡単なアメリカンスタイルの朝食を摂り空港へ、10時35分に離陸し一路カトマンズへ。飛行時間は約3時間、現地時間12時45分にカトマンズ国際空港に着く、1年振りのネパールである。何にも変わっていない。
 現地ツアー会社であるコスモの出迎えを受け、ミニバンに乗り込む。ネパールは初めての川口(孝)さんや平山さんは、雑然と混沌が混ざり在っているこの首都に、どんな感想を持ったか楽しみである。
ホテルにスーツケースを置きコスモへと向かう、ここで大津さんより今回のサーダーである、カイラ・タマン氏(42歳)を紹介される、つい1週間前にチョー・オユー(8201m)の登攀から帰ったばかりとの事。
 ホテルに戻り夕食の時間、外に出たくないのでホテル内のチベットレストランで摂るが、2時間待たされビスタリの洗礼を受ける。

▼10月13日(火)
カトマンズ(1250m)飛行機〜ルクラ(2840m)〜パクディン(2610m)泊
 カトマンズ空港から国内線でルクラまで、18人乗りの双発機に乗り込み6時30分発、30分のフライト。ルクラのロッジで偶然長崎大学学士山岳会の5人とバッタリ出会う、彼らは1日前に日本を出ていたが荷物が着かず、1日ロスをして我々と会う事になった様だ。
 ロッジで朝食と昼食を済ませ、12時いざトレッキングの第一歩だ。エベレスト街道と言われるだけあり1.5m前後の良く整備された道を行く。パクディンまでは概ね下りで4時間の行程後、今日の宿泊地に着く。

▼10月14日(水)
パクディン(2610m)〜ジョサレ〜ナムチェ・バザール(3446m)泊

ナムチェ・バザール
 今日はパクディンからナムチェ・バザールまで標高差800mを上り切らなくてはならない。ジョサレで昼食後、樹林帯と小尾根を幾つか過ぎてドゥード・コシ(河)に懸かる吊り橋を渡ると正味600mの登りが始まる、山腹をジグザグに登りナムチェ・バザールに着く。
 ナムチェ・バザールは南西に開けた馬蹄型の山麓で、見る限りホテル、ロッジ、土産店が立ち並び、普通の人家はほんの僅かな様だ。
    行動時間 8.5時間

▼10月15日(木)
ナムチェ・バザール(3446m)泊
 今日は高度順応日なので博物館のある丘に登る。エベレスト、ローチェ、が小さく見え、控えめにアマ・ダムラムが現れる、この時ばかりは良いなー良いなーの感動もの。
さらに高度を稼ぐためシャンボチェ飛行場まで足を延ばす。
   行動時間 3時間

▼10月16日(金)
ナムチェ・バザール(3446m)〜ポルチェタンガ(3680m)

アマ・ダムラム
 朝8時にナムチェを出発し、緩やかな水平道を僅かに登りながらキャンズマに着く。ここは正面に白く輝くアマ・ダブラムが見え、ロッジのテラスでは、欧米人を含め多くのトレッカーが、お茶やビールを飲みながら休んでいる、我々も早い昼食とする。
 暫らく行くと三叉路に出、右に行くとテンボチェ2時間 左に行くとゴーキョ7時間とある、ゴーキョとは我々が3日掛けて登るところなのに、ネパールの人は強い。
 モンラを経由しポルチェタンガに着く。
   行動時間 8時間

▼10月17日(土)
ポルチェタンガ(3680m)
 今日はナムチェを出たときより、下痢と体調不良の回復が思わしくないメンバーがおり、予備日を使っての高度順応を兼ねた休養の滞在日とする。
 高度順応の実施として、対岸台地にある部落ポルチェ(3810m)に行く。ドゥード・コシ(河)を渡り120m位登り、又下って戻る。
   行動時間 2時間

▼10月18日(日)
ポルチェタンガ(3680m)〜ドーレ(4200m)
 ドーレまでは本コースでは最短の2時間半で着く、ガイドブックでは4時間なのに?樹林帯をジグザグに無心に登った成果か。 
   行動時間 2時間30分

▼10月19日(月)
ドーレ(4200m)〜マッチェルモ(4410m)
 7時50分出発、西川(陽)さんドーレを出て直ぐ体調不良、サブガイドのオムラチェ君と共に居残り様子を見る事に。この日は田尻(忍)も絶不調、下痢と吐き気が最高潮とは洒落にも成らない。チョー・オユー(8201m)やギャチュンカン(7952m)の白き峰々の展望に助けられ、どうにかマッチェルモに着く。陽さんも回復し途中で合流できた。午後は高度順応に尾根を100m程登る。
   行動時間 5時間

▼10月20日(火)
マッチェルモ(4410m)

チョラチェとタウチェ
 パーティー全体としてはまだ健康体とは言えず、3回目の高度順応と休養日とする。サーダーと協議し前日に続きキャンプ地裏にある尾根に登る、これが後から考えて5000m越えを9名全員で出来た下地に成ったように思える。
   行動時間 3時間


▼10月21日(水)
マッチェルモ(4410m)〜ゴーキョ(4790m)
 8時出発、今日の予定はゴーキョで昼食となっており急ぐ事はない。高度順応で2回登った尾根を3回目の本ちゃんで越え、パンカへと下っていく、パンカでは十数年前秋の大雪で13人の日本人が雪崩で亡くなっている、心の中で手を合わせる。
 ゴジュンバ氷河のモレーンの内側を歩く内に第一の小さい湖が現れ、更に第二の湖に続く。三番目の湖に着く頃はゴーキョのロッジ集落が見え、ネパールの雷鳥まで迎えてくれる。日本の雷鳥より一回り大きくウズラの親分のように見えた。
ゴーキョピークは球体の様な山容をしている。
   行動時間 5時間

▼10月22日(木)
ゴーキョ(4790m)〜ゴーキョピーク(5360m)


ゴーキョピークに立つ
 今日は少し早めの7時15分に出発する、富士山を遥かに凌ぐ4700mは流石に寒く、朝陽が当るゴーキョピークの山肌が暖かそう。湖横の飛び石を渡りピークへのジグザグ道が始まる、頂きまではただひたすら登るだけ、眼下の湖が氷河の水を集めて白濁したグリーンに近いブルーの不思議な色だ。
 4時間以上かけて巨岩が重なる頂上に着く、今回の目的の一つであるゴーキョピークに9名全員が立てたのである、少し胸の内で熱いものが動いたが、視線をエベレスト方面に向ける、写真やガイドブックで見た風景が広がっている。
 エベレスト、マカルー、チョー・オユー、プモ・リ、等私の乏しい知識でも判る程の展望である。カイラさんが360度の山名を説明してくれるが頭に入っても、止まってくれない。下りは1時間、何と言う早さ。私の下痢もやっと打ち止めの気配。
   行動時間 6時間15分

▼10月23日(金)
ゴーキョ(4790m)〜タンナ(4700m)
 朝、ヘッドランプをザックに仕舞おうとして腰を屈めた刹那ビリッとした電流と、ゴキッとを合わせた魔女の一撃を受ける、ヘナヘナと腰砕けになるが幸い軽い一撃か、痛くてもどうにか歩ける。今日のキャンプ地タンナはゴジュンバ氷河を越えて対岸にあり、歩くしかない。氷河は三角波が幾つも波立つ様な表面をしている、その波を巧みに縫いながら進んで行く。有り難いことに腰はそれ以上痛まず優しい魔女に感謝。
   行動時間 3時間30分

▼10月24日(土)
タンナ(4700m)〜チョラ・パス(5330m)〜ゾンラ(4830m)

チョラ・パス
 今回のトレッキング中一番の難所であるチョラ峠越えが待っている。事前調査のインターネット上にも殆ど記録がなく、サーダーに頼るしかない、我々のペースでは10時間はかかるようだ。それでも越えるしかなく5時45分には出発する。
 陽の当らない谷間をユックリしたペースで高度を稼ぐ、陽の当る高台に出るとチョラ峠が谷の向こうに見える。日本人にはほとんど会わず、欧米人が多い。峠手前は残雪交じりの急坂となり息も上がる。峠に着いた時はサーダーのカイラさんもホッとした様子だった。
 峠からは雪上の下りで45分ほどの時間を要する、後はゾンラまでひたすら下る、途中キッチンボーイのラックパ君がヤカンにジュースを持ってくる、あと一人は酸素ボンベを担いでくるが、幸いその必要はない。
 ゾンラは見えているのに中々近づかない、歩くのも飽きた頃やっと着く。
   行動時間 10時間

▼10月25日(日)
ゾンラ(4830m)〜ロブチェ(4910m)
 ゾンラからロブチェまでは、5551mのピークから派生している尾根をトラバースしながら行く、クーンブ氷河の末端近くでエベレスト街道の本道と合流する。人が多い、トレッカー、ポーター、ゾッキョ(牛とヤクの交配種)と切れ間がない。ビスタリの我々は人間とゾッキョに追越されながらもロブチェに着く。丁度その時、レスキューヘリが広場に飛来し、男性1名が負ぶわれながら乗り込むのを目撃する。
   行動時間 4時間

▼10月26日(月)
ロブチェ(4910m)〜ゴラクシェプ(5140m)〜カラパタール(5550m)〜ゴラクシェプ(5140m)

プリモとカラパタール

カラパタールからのエベレスト

ヒマラヤひだ

ヌプチェと月
 クーンブ氷河のアブレーションバレーを、人とゾッキョに揉まれながら、正面にプモ・リ右手にヌプチェを仰ぎ見みて、ゴラクシェプに着く。ここは既に5000mを越えている。昼食の時、昼からでもカラパタールに登れないものかメンバーで相談し、サーダーのカイラさんも異論はなく1時15分に出発する。但し、田尻と川口孝氏は一足先にサブガイドのダンディールさんと共に登る、1時間40分位でカラパタールに着く。
カラパタールにはタルチョがはためき、プモ・リがすぐ近くに聳える。
 エベレストとヌプチェも目の前だ、この風景の為に日本を出て16日かかった。感激もさる事ながら風に吹かれて寒い、写真を撮り終えたら早々に下りにかかる、途中本隊と出会う、無理しない様激励し別れる。ヌプチェの残照が消え、エベレストが最後の夕映えの頃やっと本隊が帰って来る。皆登ったとの事、良かった、本当に良かった。
  行動時間 8時間
▼10月27日(火)
ゴラクシェプ(5140m)〜ロブチェ(4910m)
 今日からルクラに向け下りが始まる、無論小さな登り大きな下りを繰り返しながら行く。
 2日前に見た風景をなぞりながらユックリ下る、元気な人は、ロブチェを朝早く出発しカラパタールを往復の後、ロブチェまで戻るコースを1日でこなすらしい。
 昼にはロブチェに着くが、時間は有っても風が強く埃っぽいので洗濯もまま成らない。
   行動時間 3時間30分

▼10月28日(水)
ロブチェ(4910m)〜ディンボチェ(4400m)
 クーンブ氷河に沿って下り、ゾンラから来た道に合流する、ここから先は未知のルートなので少し期待する。西側山麓に先日歩いたゾンラからの道が一本刻まれているのが見える。
 クーンブ氷河エンドモレーンの急坂を下り、ツクラを素通りする。東側山麓の水平道を緩やかに行く、仏塔のある尾根を回りこむと、眼下にディンボチェが見え、かなり大きな集落である。久振りに綺麗なロッジのトイレを使う。
   行動時間 4時間

▼10月29日(木)
ディンボチェ(4400m)〜ダボチェ(3710m)

アマ・ダブラムとヤク

テンボチェのゴンパ
 緩やかな下りが続き、アマ・ダブラムが真横に見え、今まで違った姿であったが、下りにつれ見慣れた山容になり、ホットするのも可笑しな話だ。
 イムジャコーラ(河)に沿った道が左岸山麓の道となり、混雑が予想されるテンボチェの手前ダボチェにテントを張る。
テンボチェのゴンパでお経があるとのこと、夕方の時間を利用して見学に行く、圧倒的に欧米人が多い、異質なる文化への畏敬なのか。
   行動時間 6時間30分

▼10月30日(金)
ダボチェ(3710m)〜ナムチェ・バザール(3446m)
 昨日のゴンパへ登り返す。朝陽に輝く寺院を後にドゥード・コシに向けてかなり下り、膝が苦情を言い出す前に橋を渡り、更に三叉路に向けて登る。
 例のゴーキョまで7時間の看板を一瞥し、キャンズマではアマ・ダブラムの勇姿に改めて敬意を表する。キャンズマを過ぎてから概ね良く整備された水平道を行くが、乾季と細かい砂地のせいでかなり埃っぽい。幾つかの尾根を回り込みナムチェ・バザールの集落が見える、今まで見たどの集落より大きい。明日(土)のバザールに向け賑わっている。
   行動時間 7時間30分

▼10月31日(土)
ナムチェ・バザール(3446m)〜パクディン(2610m)
 毎土曜日のバザールは雑貨、野菜、香辛料等雑多の物があり見るだけでも楽しい、混まない内にバザールを抜け600mの高低差をドゥード・コシの吊り橋に向け下る、途中トレッカーも行き交うが、ナムチェまでの生活物資を運ぶポーターの荷物の多様さと重量の桁違いに驚いてしまう。モンジョのチェックポイントでカイラさんが手続きをする間休憩する、河沿いに小さな登り下りを繰り返しパクディンに着く。
   行動時間 7時間

▼11月1日(日)
パクディン(2610m)〜ルクラ(2840m)
 今日の登りは、割りと開けた畑や樹木が有り、道も良く整備され石畳もある。ルクラが近くなると、頻繁に飛行機が飛来し30分程の間に4機も来てしまう。
 ここでパーティーを組んでいたゾッキョの親方やポーター、キッチンボーイ、サブガイド、コックさんとは別れてしまう、夕方にはささやかなお別れパーティーを催し、チップを渡して、感謝の気持ちを表す。

▼11月2日(月)
ルクラ(2840m)〜カトマンズ(1250m)
 ルクラを朝一番の飛行機に乗り込み、帰りの座席は山が良く見える右側に陣取ったつもりが、翼の下でイマイチだった。
7時半過ぎにはカトマンズに着き、コスモの配慮かホテルでは朝のチェックインが出来る、21日ぶりにシャワーを使いサッパリした。
 昼食は近くのレストランでカレーを美味しく食べ、昼過ぎコスモに出向き、今回のトレッキングの成功とスタッフの協力に感謝する。
大津さんの話しでは、60歳以上で9人のメンバーであれば、今回のコースでは3割位の人がリタイヤするらしい、9名全員が無事行動できたのはお世辞で有っても嬉しい限りである。

▼11月3日(火)
カトマンズ
 予備日である今日は午前中、パタンの観光にあて午後は各自タメル辺りに買い物に行く。

▼11月4日(水)
カトマンズ〜バンコク
 カイラさんの見送りを受けターミナルの中へ、出国を無事済ませ待合室に入るが、7年前と何ら変わらず、案内放送もなければ掲示板もないネパールらしい時間が流れている。
 3時間のフライトの後、現地時間18時20分にバンコク着、空港の規模、設備はカトマンズと比べ別世界と思ってしまう。ここでは乗り継ぎのため6時間余り空港内で過ごさなければならず、忍耐を必要としてしまう。

▼11月5日(木)
バンコク〜福岡
 夜中1時定刻出発、一路日本へ。朝8時(日本時間)に福岡空港着、ここから日本語で全て通じる。無事帰国し空港で解散する。

注1:山の標高及び地名、集落の標高はネパールで発行されているトレッキング・マップより引用しました。

注2:パーティーのメンバーは次の通り
   トレッカー     9名(男3人女6人)
     サーダー     1名
      サブガイド    3名
    コック      1名
      キッチンボーイ  6名
    ポーター     3名
    ゾッキョの親方  2名
     合計      25名
    
    ゾッキョ     13頭
     (ゾッキョは60kgの荷物を運び、人間2名分)

参加者:会員9名